前頭連合野/46野のORIGINAL NOVEL

※ 無断転載等、持ち帰り等はしないで下さい。
※著作権は前頭連合野/46野の管理人、怪物の顔(鮭)にあります。



赤く錆びた空の下、若い女が一人森の中にいた。
女は降りしきる雨に打たれながら、狂った様に泥水が混じった土を手で掘る。


――――−ジョリジョリ・・・
――――−ジョリジョリ・・・


―――――――――― ―美しい爪に土が詰り、先は割れて赤い血が滲む。

――――−ジョリジョリ・・・
――――−ジョリジョリ・・・


―――――――――― ―それでも女は泥を掻き分け掘っていく。

涙を流し、愛しい男の名を口にしながら・・・・・・・・。








***







「――― −オイ!水島!!てめぇいい加減にしろ!!!死ね!死ね!死んじまえ!!」

夜、岡松精肉店は煩かった。
倉庫の隅に二人の男がいる。一人は孔蛾・・・もう一人は水島・・・・。
鬼の形相をした孔蛾が水島の襟を力一杯引っ張り、首をこれでもか!と絞めていた。
水島は「―― −なんだよォ!もう!俺が何をしたんだよ!マコりん!!」と叫んで抵抗するも、そんなものは通じない。
孔蛾は本気で切れていた。もう収拾がつかないぐらい荒れている。


―――― ―一体如何してこんな状態と成ってしまっているのだろうか?

今を遡ること一週間前、水島が「マコりん!!マコりん!マコりん助けて!!SMバーにいったら、お会計の時怖いおじさんが来て沢山のお金を搾り取られたよー!!それでも足りないからって今時追いはぎにもあったよー!助けて!もう中国に帰るお金ない!」と叫びながら岡松精肉店にやって来た。まぁ、やって来たというより・・・押し掛けて来たが正解。 突然の事態に何事かとカヨ子は焦った。だが、孔蛾が「ここ(店前)で、死なれても困るし、迷惑でしょ?俺が責任もって面倒(監視)みますから暫くコイツ(水島)を厄介させて下さい」と頭を下げて言うので、カヨ子は「そこまで言うならしっかりそれ守ってよ!」と仕方なく、承諾した。

―――― ―しかし、水島の馬鹿は何処に行っても止まらない。
岡松家へ厄介になって二日目、「お世話になっているので店の掃除を!」と言って調理場の清掃を始めるもモップの柄でガラスを割る。水島の行動は孔蛾の責任となるので、弁償は孔蛾の給料から払われた・・・。 三日目、「掃除が駄目なら、レジを手伝います!」とレジを手伝うも計算が出来ない上、レジの機械を使いこなせないため客からクレームの嵐・・・。 責任もって全て孔蛾が場の収拾をする。五日目、「掃除もレジも駄目なら、せめてご馳走を振舞います!」と今度は夕飯に本格中華料理を作り出す。 しかし本格中華なので本格に火を使いまくる。狭い調理場に大きな炎、火事になりかける!必死で孔蛾は消火器で火を消す! 六日目、水島は流石に「もう何もするな!!!呼吸だけしていろ!」と言われる。しかし、好奇心から入浴中の春日子を覗く。 『ドアの隙間からの覗き』というありきたり過ぎる手段なので即ばれる。悲鳴を上げる春日子。 孔蛾は水島をビッシャビシャのボコボコに殴った後、「てめぇー何覗いてんだよ!眼を洗え!!眼を!眼を洗って今見たやつ全部洗って流して忘れろ!!つーか、お前は俺がしたい事を容易くするな!!!」と怒鳴りながら水島の顔を何度も過激に風呂に突っ込む・・・・水島は頭だけバタフライの息継ぎをしていた。
いや・・・バタフライよりもハードな。・・・・・彼(水島)は語る。
おっぱいに興味があった。若い女なら誰でもよかった。 兎に角覗きたかった。男として挑戦したかった。
もう典型的な犯罪者の言い訳である。
七日目、もう水島の信用ゼロ。それでももめる。孔蛾のジャ●プ読んだ読まないで!!
もう耐えられない!!!と孔蛾は水島を倉庫に連れ出す。そして・・・この現在の状態へ。
※ジャ●プ=わかっていると思うが、某少年漫画雑誌名。大人の事情で伏字使用。



「お前はこの一週間迷惑掛けすぎなんだよ!!節度も限度なさ過ぎる!!ガラスは割るし、レジで場を荒らす!風呂は覗くし、俺のジャ●プを勝手に読む!どんだけ人間としてく駄目なんだよ!!このクズ!死ね!死ね死ね死ね!!死ねや!社会のお荷物!!同情なんかはしなかったが、塚原の件で礼があったから救ってやったんだ!こんなんなら、お前なんて助けるんじゃなかった!見捨てればよかった!あのまま店の前で野垂れ死ねば良かったんだよ!てか、そもそもSМバーでぽったくられるお前が悪い!!自業自得!!もう面倒見きれねぇーよ!成人してまでお前の係り、水島係りやってられるかぁ!!!」

もう孔蛾は限界。水島の全部にもう限界。

「――だっ!だって、だって!だって!だってだって!でもジャ●プは読んでない、捲っただけ!捲っただけ!」

パニックになっていて、文法になっていない日本語を使い出す水島。

「馬鹿!捲っても読んだとわかりねぇーんだよ!!
どの道、俺がまだ読んでないジャン●をお前が先に手をつけたことが許せんのじゃ!
ア――――ッ!!!もう無理!無理!帰れ!!もう頼むから帰れ!帰ってくれ!!
中国行きのチケット代出してやるから、帰って下さい!!」

人間最後はお願いである。

「わかった、かえりゅ・・・帰ります!!帰りますから、もう首絞めないでぇ!!
本当に死ぬ!死ぬる!このままだと、本当に死ぬるっ!!死ぬよジャイ●ン!」

―――― ―バッ!

水島の「帰る」の言葉に、孔蛾は襟を放す。締め付けたい首を開放してやる。
・・・・・二人は途端にゼイゼイと激しい呼吸をする。
今まで無駄な体力を使っていた・・・。


「―――― ―人殺し!人殺しじゃよ!!お主のやったことは人殺しじゃよ!!ジャ●アン」

・・・水島は涙目で孔蛾を指差しながら「人殺しじゃよ!」と連呼する。
孔蛾は「殺してねぇーよ!ジャィア●でもねぇーし!
てか、何でお前は江頭2:50的な事を言う?」と突っ込む。
※江頭2:50=日本のお笑い芸人。「1クールのレギュラーよりも、1回の伝説」が名言。

「――― ―だってマコりん、結構なジャイ●ンで俺様キャラなんだもん!!」
「・・・ハァ?もう知るか!じゃあな」

そう言うと孔蛾は水島に背を向けた。

「えっ!あっ、ちょっ、ちょっとまってよ!どこ行くの!?こんな夜中に?」

場を去ろうとする孔蛾を慌てて水島は引き止める。

「・・・五月蝿い!!ヌタヤ行く、DVD借りてくる!」
※ヌタヤ=孔蛾達がよく行く近所のアダルト系DVDレンタルショップ。

孔蛾は台詞を吐き捨てると、とっとと倉庫から去って行った。



「・・・・・・・・よかった、失踪じゃなくって」


・・・水島はほっとした。








***







「――― ―三枚レンタルですね・・・」

ヌタヤの店員がアダルトDVDを袋に詰める。
孔蛾は財布から小銭を取り出し、払う。


「好きですよね、お客さん。幼な妻シリーズ」

店員が愛想よく孔蛾に話しかける。
歳は二十三、四ぐらいだろうか?孔蛾と変わらない感じ。ブリーチしたオレンジ色の髪が目立つ。
名前は“軽部”。名札に軽部と書いてある。

「ええ、まぁ、実践したい相手がいますから」と適当に孔蛾が返事すると、
軽部は「このシリーズの新作が今月出るんで、もしよかったらそれも借り下さい」と言う。
孔蛾は「絶対借ります」と即答した。軽部は「でしょうね」と笑顔で言った。
そんな二人の一部始終を、店内の監視カメラが収めていた。

―――― ―店を出て、家へと向かう。
孔蛾はレンタルしたDVDを片手にぼんやりと何かを考えていた・・・・ぼんやり。

―――― ―最近、なんだか誰かに見られている気がする。

突然視線を感じ、ハッと振り向くも誰もない・・・。気のせいか?

「俺の思い込みかな・・・」

でも・・・確かに今、誰かの強い視線を感じた。
この頃そんな事が頻繁だ。特に一人で居る時は・・・。


――――――――― ―ホントの、ホントに・・・・気のせい?






***







――――――――― ――― ‐ジャージャブジャブジャブ・・・ジャージャブ

白い洗面台で喪服の男が一心不乱に手を洗う。無表情で石鹸を擦る。
この男はスマイルではない、同僚の“ドラゴン”だ。
ドラゴンは自室の洗面台で50分もこうして手を洗い続けていた。



―――― ―俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。

俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。


手を洗いながら「俺は普通である」という言葉を念仏の如く唱え、心と思考に犇かせる。

「・・・・俺は普通である。おかしくない、おかしくない」

・・・・ごらんの通り彼は“普通ではない”異常に手洗いが長い。
洗い続けた手はガサガサに荒れ、石鹸の香りが酷いくらい染み込んでいる。
もうこんな生活を五年も毎日続けているのだ。
如何して彼はこうなのだろうか?それは彼が“強迫性障害”だからである。
※強迫性障害=精神の失調のひとつの分類であり、強迫症状と呼ばれる症状に特徴付けられる不安障害である。
強迫観念と強迫行動により、普通の日常生活が困難となる。

過度に手洗いをするという行為は、強迫性障害による洗浄強迫による行為が一般的なのだが、彼の場合はそうではない、
ドラゴンにとって手洗いは、“普通でなくてはならない”“自分は普通である”という観念を何度も自分で自分に確認させ言い聞かせる儀式なのである。
「俺は普通である」という言葉はその時唱えるまじない。
彼は“手を洗うという普通の日常行動”を行うことで、“自分は普通の事をしている普通の人“だという安心を得るのだ。
このように、強迫観念を振り払うための行為を強迫行為という。
これをやめると、不安や不快感が伴うためにどうしても止めることが困難。
よって彼は、今日も明日も石鹸で手を洗い続ける・・・・。
洗面台にある棚には、大量の石鹸が綺麗に山積みされていた・・・・。
彼にとって石鹸は携帯電話よりも大事な必需品。なくてはならない代物・・・。

―――― ―トントン!

誰かがドアをノックする。
その音に気づいたドラゴンは洗う作業を一旦止め、
「!?誰ですか?」とドアに向かって体をひねる。


「外部捜索班の役員です、“軽部班長”から預かった監視カメラの映像届けに来ました」
「―― −わかりました、ご苦労様です。
今手が離せないので、資料保管庫の方へ直接置いておいてください。
作業が終わったら取りに行きますから。すみません・・・手間を取らせることになって・・・」
「―― −はい、わかりました。ではそうしておきます」
「軽部さんに引き続き宜しくお願いしますとお伝えください・・・」
「―― −はい、伝えておきます。では、失礼します・・・」

用件を言うと外部捜索班の役員はさらりと帰る。

「・・・・・・・孔蛾実(23歳)独身、身長188cm、血液型はA型で二月十四日生まれの水瓶座、家族構成は祖父、父、母、兄、弟。
医大中退後、地元の不動産に勤めるも三ヶ月で会社倒産、挙句に知人に裏切られ借金地獄の果てに自殺未遂、
その後岡松カヨ子の慈悲により現在岡松精肉店にて従業員として勤務、居候。命の恩人である大島春日子に片思い。
IQ148以上の頭脳を持ちながら一切役立てない。
趣味アダルトDVD観賞とネットとパチンコ・・・・こりゃ結構なクズだな。
まったくもってこんな奴ここまで調べて監視する必要あるのかね?いくら塚原が現れる可能性大だからって。
仕事とはいえ、スマイルさん尋常じゃないよ。気合入れすぎじゃん。それとも・・・これがここの遣り方?
初仕事だからあんま文句言えねぇーからストレス溜まるよ。まぁ、どいつもコイツも普通じゃねぇーな・・・普通・・・・」

仕事の話を持ち出されたので、ドラゴンの頭に仕事の事がふと浮かぶ。
しかし、直ぐにまた強迫観念に苛まれ手洗いを再開する。

――――――――― ――― ‐ジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブジャブャブジャブジャブャブジャブジャブャブジャブジャブ・・・・・

―――― ―俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。

俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。俺は普通である。
俺は普通である・・・そう、そうだ、俺は普通である、普通だ。


― ――― ‐ジャブジャブ・・・ジャーアアァー
― ―キュッ

「・・・・・また洗い過ぎて手を切ちゃった。後で薬用ハンドクリームぬっとこ」

彼は石鹸一個を2日で使い切る。





next back



top


inserted by FC2 system