「――――――マタパ(妹)、ボクのマタパ・・・・」
草木も眠る丑三つ時過ぎ・・・人気の無い商店街を独りの男が
――コツッ・・コツッコッ・・コツッと不気味な靴音立てて訪れる
。 ――――スマイル。その正体はスマイルだ。
スマイルは喪服ではなく普通のスーツに身を包みサラリーマンを演じている。
手には書類の詰った鞄なんか持っちゃって・・・・。
「・・・・マタパ・・マタパ・・・ボクの妹、生きる糧」
闇に紛れて影が、禍々しい影が卑しく蠢く――― −。
そしてソイツは岡松精肉店へ溶け込んでゆく。
―――――――――――――――――コツコツ・・・コツ・・・・・コツ・・ピタリ。
「・・・春日子、魔法使いが迎えに来たよ。冬日子お兄ちゃんと楽しく一緒に暮らそう」
スマイルはまんまと岡松家の裏庭に侵入すると、
鞄からそっと白い手袋を取り出しそれをキュキュと両手に被せた―― −そしてピッキングの道具を手早く取り出した。
――――――――この家に不法侵入して、寝ている春日子をそのまま連れ去る(拉致する)気だ。
最悪な事にこの家の裏庭は木が生い茂っているし、周りは高いブロック塀で囲っている・・・。
外から様子が分かりにくい・・・。
「―――――さぁ、僕等は青い鳥になろう」
鍵を壊そうとそっと手を戸へ忍ばせる――――が、次の瞬間―‐ドン!!と突然、
膝裏を警棒で思いっきり殴られた!スマイルは一瞬でよろめきドサ!とその場に倒れる。
「―――っ?!」
―――――――――?!!何事!?
スマイルは一体自分の身に何が起こったのかと、痛い体を我慢させて上半身を上げた。
―――すると、見覚えの良くある人物が目の前に立っていた。
その姿に「――なっ!?あっ、アナタはッ!!」とスマイルは思わず大きな声で叫んでしまう・・・。
「―――――静かにしてよ、見つかったらどうすんのよ?」
「―――――――――まっ、マキシムさんっ!」
―――そう、見覚えの良くある人物とは・・・同僚のマキシムだった。
マキシムはOLの格好をしているが、手には立派な警棒を持っている・・・。
つまり、スマイルの膝裏を殴ったのは彼女だ。
「―――ずっと、つけていたのか?」「――――何しに・・・如何してここへ!?」と眉を顰めて訊ねるスマイルに、
マキシムは冷静な顔で「――ええ、つけていたよ。気付くと思ったけどアンタ自分の計画の事で頭がいっぱいで、
ぜーんぜん気付かなかったわね。最後まで。本当は膝じゃなくって頭殴って気絶させて連れて帰ろうと思ったけど、
血が飛んで足が付いたらまずいでしょ?あと、―――何しにって“アンタの妨害”の為にきたに決まってんじゃん」と言う。
「―――はぁ?妨害?・・・何でぇ?」
「―――――何でって・・ハッ・・ハハッ、笑わせないでよ。
何でって、アンタが班の目的以外の行動をしているからでしょ?言っとくけど私これでも副班長よ、甘く見ないで」
「――っ・・・・」
「――――オカシイと思っていたのよ、皆が寝ている間にアンタのテントからファスナーが微かに下りる音がした・・・・。
だから確りアタシはアンタを密かに追った。そしたら案の定―― ―。
なに不法侵入とかしてんのよ、バレたらどうしてくれんのよ?あーよかった、事を起こす前で」
「―――――テントのファスナーごときで・・・怪しまれたのか、俺は」
「――――馬鹿ね、違うわよ。怪しんでいたのは“最初っから”よ。だってあんた・・・うちの班の『要注意人物』だもの。
班に入るとき私言われたの、“君の入る班にはとんでもない問題児がいるから注意してくれたまえ、まぁ・・・君はその為に入るのだがね。なんせ、君はその子の『釘』なのだから、確りそいつを打ってくれたまえ”って総班長に」
「――――――――――――――――――っ!!!?」
―――――――‐冬日子・・・暴走防止の為にお前には“取って置きの釘”を打っておくからな。
スマイルは以前ラグナレックにそう言われた事を瞬時に思い出す。
「―― −あっ、あっ!ああっ!!あああああ゛っ!そうかぁ、お前か!
お前が俺の釘だったのかぁ!!」
――ハメラレタ。ハメラレテイタ。
マキシムは「――――鈍感」と言ってニヤリと卑しく笑った。まるで見下すように・・・。
―――その眼が憎たらしい。
スマイルは「ふははっ、フン!そうか、そういう事、それで副班長といわけか!!
お前は見返りで副班長の座を手に入れたんだなっ!俺が粗相を起こさないように見張るかわりに!
じゃなきゃお前みたいなろくな取り柄もないブスで頭の悪い奴が副班長なんて地位にありつける訳がないからナァ!絶対にっ」
――――――――薄暗い会議室にマキシムは呼ばれた。
―――部屋の奥には立派な革張りの黒椅子に腰掛けたラグナレックが居る。偉そうに足を組んで。
――――「君が辻村 美穂(つむら みほ)さんか、いや失礼・・・今はマキシムさんか」とラグナレックがマキシムにそう訊ねる。
マキシムが「はい・・・そうです」と返事すると「君を出世させてあげるよ。
内部捜索班の副班長にならないか?」と出世の話を彼女に持ちかけた。
――――――「本当ですかぁ!!」と大喜びするマキシム。夢のようなお話。
――「ただし、私の言う事に従うのだよ」とニンマリとラグナレックは笑う。
―――――マキシムが「それはなんですか?」と聞く。ラグナレックは「フフ――簡単な事さ、“監視”さ、監視。
これから君の入る班にはとんでもない問題児がいるから注意してくれたまえ、まぁ・・・君はその為に入るのだがね。
なんせ、君はその子の『釘』なのだから、確りそいつを打ってくれたまえ。
その問題児・・・スマイルという男を徹底的に見張ってくればいい。ただそれだけ、
あとなんか彼が“おいた”でもしたら止めて潰して阻止してくれたまえ。
事が上手くいったら君に“ご褒美”をあげるよ。ミスれば無しだけど・・・」と言う。
―――――――――――――――――ご褒美。その言葉を聞いてマキシムは簡単に引き受けた。
「――――ハァン!だから何よ、そんな奴の下で一緒仕事しているくせにぃ〜」
だからなんだとマキシムは罵り返す。
「―――――――――ブスは家かえって寝てろっ!俺に指図するな!」
――――スマイルは、よろめきながらも立ち上がり・・・また鍵を壊そうと戸に手を伸ばす。
「―――っ?!!」
マキシムはそんな事はさせるかっ!と急いで戸からスマイルを引き離し地へ叩きつける「何してくれんのよ!」と怒鳴った。
それでも立ち上がろうとするスマイル・・・。
―――――――――――絶対にとめなきゃ!!
マキシムは物凄い剣幕と勢いで彼の右腕を警棒で殴った。ゴギィ!という鈍い音が生まれる。
するとスマイルは「――――ヒィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!」と声にならない声を上げた・・・。
――骨折。マキシムはピッキングさせない様に腕を骨折させたのだ。
「―――――っ!!てめぇぇえええっ!」
スマイルの体から大量の汗が溢れ出す。必死で痛みを堪える・・・。
「―――――しつこいからそうなる・・・」
マキシムは、やりすぎたと思うも詫びる気は更々ない。
「―――・・・なんで、なんで、何で会わせてくれナインダァアアッ!!なんで連れて帰っちゃ駄目なんダァ!!!
妹だぞ!!ボクの可愛い可愛いたった一人の妹だぞ!妹!なんで兄が妹に会っちゃ駄目なんだ、連れて帰っちゃ駄目なんだ!
そんなのオカシイだろう!!!会わせろ、会わせてくれぇ!連れてかえるっ!!連れて帰って一緒に仲良く暮らすんだ!」
スマイルは涙を流してそう叫ぶ・・・・。
悔しくって折れてない左手で拳を作り、ダンダン!と強く何度も地面を叩いた。
「――――――仕方ないじゃない。アンタの妹捜しと班の任務は関係ないんだもん。
どんなにアンタが嘆いても、班の利益にならない事は出来ない。ましてや負担になる事は尚更無理。
分かりなさいよ・・・・・物事は何時も思い通りにはならない」
マキシムは何とも言えない顔で、厳しい事を言った。
「――――――――――――――――頼む、 せめて一目!一目でもいい合わせてくれ!!」
一生の頼みとでも言わん感じで、スマイルが懇願してくる。
・・・・しかし、マキシムは「――駄目、アンタは一目じゃ我慢できない。妹を見れば絶対に連れて帰りたくなる。
それにもし、アンタが孔蛾実を見つけでもしたらきっと・・・・“殺しかねない”」と言ってそれを拒絶した。
セリフの最後の方が少し震えていた。
「――――っ・・・・・な、なにが・・・何が分かる!!お前に俺の何が分かる!?
俺の事を何も知らないくせに、仕方ないとか言うんじゃねぇーよ!
俺は愛する妹と離れ離れなんだぞ!引き裂かれてるんだぞ!会うに会えないんだぞ!!」
スマイルは泣きながら怒りだした。白い歯列を剥き出しにして食いしばる。
そして爆発させた「――‐会いたいのに会えない・・・それがどんなに苦しい事か、お前にわかるかぁああっ!!!!」と。
「―――っ!・・・分かるわよ、分かる!!分かってんだよォッ!!!」
―――― −豹変。
スマイルの言葉を聞くとマキシムはガバッ!と両手でスマイルの襟を掴み、グィ!と上へ持ち上げた。眼は血走っている。
「―――――っ?!」
「―――そんな事は分かってるんだヨォ!!とっくに分かりきっているんだァ!!!
アンタの事も、アンタが言う――‐会いたいのに会えない苦しみなんて“私も一緒”さ!
私だって、私だって、アタシだってぇ、“マッカルク(姪)”に会いたい!!!捜したい!
なのに、会えない・・・・・!」
マキシムは何度も掴んだ襟を前後に激しく揺さぶる・・・スマイルの頭が酷く揺れる。
――――――御蔭でキュ!と自然にスマイルの首が絞まる。
スマイルは苦しくって「――うっ!」と呻いた・・・・・・。
「――アンタと同様対等だからこそ、私はアンタに散々の事を言えるのさっ!止めるのさ!
ズルインダヨ!自分だけ一人抜け駆けなんて!!鈍感のついでにもう一つアンタに良い事教えてあげる。
私が如何してアンタの見張り役に選ばれたか、理由は簡単ただ一つ“同じ立場”だからよ!!
ラグナレックは上手い事を考えた、同じ境遇の人間に見張らせれば同じ事を考えつく・・・
故にソイツ(スマイル)の行動思考が手に取るように分かり上手く止めてゆく。
そして変な同情なんぞ芽生えさせないために、ご褒美という“餌”をつけて釣る。
―――――私、アンタを止めたらご褒美が貰えるの・・・“マッカルク(姪)捜査”をしていいというご褒美を」
マキシムは言うだけ言うと、ピタリと手の動きを止めた―― −。
―――――――「ただいま・・ただいまお姉ちゃん」
――何時ものように中学から帰ってくる私。
狭いアパートのリビングに何時も座って「お帰り」と微笑んでくれる姉が今日はいない。
――――久しぶりに一緒に暮らし始めた姉。自分と違い、優しく美しく聡明な大人の姉。
――「あれ?お姉ちゃん・・・どこ?買い物に行ったのかなぁ・・・」
そう思ったけど夜になっても姉は帰ってこない。
おかしいなと思って、外へ捜しに行こうとしたら廊下の隣にある風呂場の電気が点いていた。
姉は風呂に入っているのか?でも水音なんて・・・。
不自然。―――「お姉ちゃんそこにいるの・・・?お風呂に入っている・・の?」
――――私は風呂場に行きそっとドアを開ける。
――――――――――すると―‐「―――っ?!!!!!!お姉ちゃん!!!」
―――すると・・・・すると、姉が風呂の残り湯に手首を浸けていた。
―――――――――――――――――――――深紅の水。排水溝には血の付いた剃刀。
――――――姉自身は血が抜けきって青白くなり、動かない。
―――――――――――そして何故か“静かに微笑んでいる。”
―――――「――――――お姉ちゃん!!!!!!!!!おねえちゃん!おねーちゃん!!」
どんなに叫んで揺すっても姉は此方に戻ってこなかった・・・手遅れだった。
――――――――自殺。その日姉は手首を切って自殺していた。
――――姉の遺品を整理した。タンスの中から何故か“母子健康手帳”が出てきた。
―――――――まっ、まさか!!?と思ったが、そのまさか、姉は人知れず女の子を産んでいた。
―――――私には姪っ子がいたのだ。
――手帳には、まだ生まれたばかりのその赤ちゃんを抱きかかえている姉の写真が挟まっている。
―――――写真の裏にはボールペンで『母・理穂(りほ)と娘・雪穂(ゆきほ)』と書かれていた。
姉の名前は理穂・・・だからこの赤ちゃんの名前は雪穂。
その時私はハッ!と気付く赤ちゃんの名前で赤ちゃんの父親が誰だか分かってしまった。
雪路、雪路の雪と理穂の穂を合わせて雪穂、だから父親は高岡雪路(たかおか ゆきじ)。その男の顔と名前が瞬時に浮かぶ。
―――――――――姉が残した悲しきダイアリー(日記)に記されていた男の名。
――――私の中で途轍もない憎しみが沸き起こる。姉の自殺の原因の一人。
――――――――――――――――復讐してやる、仇討ち!!!!!!!!
――――この男と、あの男を!!
―――押し殺せない憎しみを抱えた私は姉の四十九日にあることを決した。
――――・・・・・殺してやる。
――私はナイフを手に二人の男をグサリと刺した。
そしてタクシーに飛び乗り運転手を脅して樹海へ行った。
――――――――――――そこで自分も朽ちるつもりだった。餓死する気だった。
――けれど・・・奥深い樹海に謎の鳴き声が響き、空に黒い鳥の影が通過した瞬間、
何故かふと手帳のことを思い出した。――― −姪っ子に会いたい。その思いが死を思いとどまらせた。
―――――――――私は森に凶器を捨て、地獄から這い上がってきた。
「―――――――――――自分だけが、自分だけが特別不幸だと思うなよっ!!!」
――――グッ!
またマキシムは激しくスマイルの襟を揺さぶる。
「―――――――ッ!あっ!!うぁっ!!うぁあああああっ!!ア――ッ!」
すると、もう耐えられん!とスマイルは悲鳴を上げ、ガシッ!とマキシムの腕を動かせる余った左手で掴む、
そしてグィッ!!とそれを押さえ力ずくで彼女の動きを止めた。
マキシムは「―――?!」と驚く。
「―――――やめろぉっつつつ!わっ、分かったからやめろうぅっ!!クビ!クビ!首っ!
首はヤメロォォォッ!!!しまるっ!!くるじぃっ!首が絞まる・・・グッアァゥッ!!」
「―――っ?!」
――――ドン!!!!!
体中の力を振り絞ってマキシを跳ね除けた。マキシムはドサッ!と倒れる。
――――――二人とも暫くゼィゼィと息を切らす。
そして息をようやく整えると・・・互いに眼を合わさず沈黙した。
スマイルはグジャグジャになった襟を整える。
―――チラリと白い首の痣が見える。父親に、荷造りロープで締められて出来た痣。
非常に痛々しい。
「・・・・首はヤメロよ、絶対に。トラウマがあるんだ。痣を見れば分かるだろ?」
スマイルがそう言うと、マキシムは「分かったわよ・・・」と力なく返事した。
―――――――疲れている。
「―――――――――俺もお前も利用されているのに、けして逆らえない。
全てアイツ(ラグナレック)の掌の上で転がされている・・・クソッ!」
スマイルはまた左手で拳を作ると―――ドン!と地面を殴った。
――――――――――――――悔しい。
だが、そう思っているのは彼だけではない。
マキシムも「・・・・私だって、私だって好きな様に操られているこの見えない糸を切りたいわ」と愚痴を零した。
「――――何時か上手く裏切ってやるっ!!」
・・・・・歪んだ顔でスマイルが腹の底からそう一言。
しかし、マキシムは曇った顔をしてこう言った「―――無理よ、今のアンタじゃ。
だって・・・上手く裏切るのは、あの人(ラグナレック)の“特技”だもの・・・」と。
ジオラマの家がある。彼らはその中のミニチュア人物。
屋根を外し、自分達を好き勝手動かして遊ぶのは何時だって支配者。
飽きれば捨てられる。そう、まるで子供の玩具みたいにね。
―――彼等の吸う空気は生臭かった。
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