前頭連合野/46野のORIGINAL NOVEL
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※著作権は前頭連合野/46野の管理人、怪物の顔(鮭)にあります。
「―――――――如何ですか?ボク・・・おかしくないですか?カヨ子さん」
寝室に置いてあるカヨ子の鏡台に春日子が映っている。
何時もの、黄色と黒の横縞柄の上着と紺のジーパンではなく“白いセーラー服”を着ていた。
――― −夏の制服だ。
カヨ子は春日子の赤いスカーフを整えながら「――大丈夫、おかしくないよ。とっても似合ってる!」と微笑んで返す。
春日子は「――――よかった」と言い、ニッコリと笑った。
――――あれから・・・母親に会いに行ってから暫くして、春日子はもう何時もの服を着るのをやめてしまった。
それが彼女の“区切り”であり“吹っ切った証拠”なのだ。
これからは素直に生きていくと決めた、
だから・・・けして着ることのなかった女子高校生の象徴、セーラー服に今日初めて袖を通してみた。
着心地はまだしっくりこないが、まあまあだった。でもスカートはなんだかスースーして落ち着かない。
「―――ボクなんか女の子みたいです!」
そう春日子が言うと、カヨ子はフフと笑って「なに言っての、女の子じゃない」と言った。
「―――そうですか?」
「――そうよ」
「――――本当に?」
「――うん、ホント」
「・・・・フフフッ、なんか可笑しいです。笑っちゃいます」
「・・・あらそう?フフ」
「フフフフ♪」
「フフフ♪」
二人は互いに笑みを浮かべた。
―――ガタン!
「―――――――お〜い!ババァ、回覧板が届いてるぞ!」
突如襖が大きな音立てて開く。
―――――孔蛾が勝手に進入してきた。
すると春日子は「―――うわぁ!孔蛾さん・・・」と言ってあからさまに嫌な顔をした。
孔蛾は「――――うぁっ!」と春日子のセーラー服姿に気付き驚く。
―――――――――目映いばかりの白いセーラー服を着た春日子・・・。
その愛らしさに一瞬息を呑むが、それを悟られまいと孔蛾は「・・・・お前、如何した?仮装か?」と訝しげな顔して尋ねた。
春日子はムッとして「―――違います!」とキッパリ言い返えす。
「―――あのねぇ〜入って来るのはいいんだけど、
アンタもっと襖の開け閉めは丁寧にしないさい。じゃないと襖が痛むでしょ!」
「――――うぜぇ〜ババァ・・・」
「――なんだって!コラッ!!」
―――ゴン!
「―――――痛ッ!!」
カヨ子は孔蛾の頭を一発殴ると、彼が手に持っている回覧板を毟り取った。
「まったく・・・如何しようも無い馬鹿だね。人に口答えばっかりして」
「――――――――っパッ・・・パワーハラスメント」
※パワーハラスメント=上の者が下の者に、嫌がらせや暴力などを行う行為。職場イジメ。
痛みに悶えながらも孔蛾はそう抵抗する。
するとカヨ子は「――馬鹿、教育指導だよ!」とまた怒鳴った。
「――ところで、何で春日子がセーラー服を?だってコイツ何時も私服で学校通ってるじゃん」
※春日子の通っている学校は私服制服どっちでもOK。
孔蛾は頭を摩りながらカヨ子に訊く。頭には軽くコブが出来ていた・・・。
「この制服は春日子ちゃんの入学が決まった時、
春日子ちゃんがお世話になっている今井先生からお祝いとして頂いた物なのよ。
タンス整理をしていたら出て来たの!折角、頂いたんだから着なきゃね〜って、ねぇ?春日子ちゃん」
「・・・ボク、ちゃんと着てみようかと思ったんです」
俯いて恥ずかしそうにそう言う春日子。
そんな春日子をフォローするかのようにカヨ子は「これから、いっぱい着なきゃ勿体無いわよね!」と言った。
すると孔蛾は「フーン・・・」と気の無いふりをしてパタンと襖を閉めてあっけなく部屋から出て行った。
――しかし、実はそれは単に照れ隠しで、セーラー服姿の春日子を普通に“可愛い”と思ったし“似合っている”とも思った。
だが、それと同時にそんなセーラー服を着た女子高生を好きになって愛してしまっている自分に孔蛾は今更ながら青ざめた。
―――――――――――あっやべぇーあいつ女子高生だったんだよな。
――私服のせいで半分忘れてた・・・いや、まんま忘れてた。
―――――――――――――――俺(23歳)が春日子(16歳)に手を出したら犯罪だよな。
――――――――――アニキに捕まるのかなぁ。
孔蛾には“刑事”をやっている四歳差の兄がいる。
この兄を孔蛾は“誰よりも恐れている”。正直親より怖い。しかも名前が武(たけし)。
その名の通り超凶暴でガサツ。だから孔蛾は“家庭内ジャイアン”と密かに呼んでいる。
武が国家試験に通ったと聞いた時、孔蛾は「チャイナシンドロームか?」と本気で言った。
アイツ(武)が国家権力を手に入れるなんて、世も末だと言いたかったらしい。
※チャイナシンドローム=原子炉事故の炉心溶融のこと。
米国で発生すれば、影響が地球の反対側の中国にまで及ぶという意。大辞泉より。
―――やだなぁ・・・身内に捕まるの。
まぁ、そんな事を思いながらも、孔蛾は春日子の事を諦める気など更々なかったのである。
――――プルルルルッ!プルルルッ!!
「――?!オイ!ババァ!電話鳴ってんぞォー!!」
突如電話が鳴る。気付いた孔蛾はカヨ子を呼ぶが、
カヨ子は「―――電話ぐらいアンタが出なっ!」と怒鳴って用を孔蛾に押し付けた。
孔蛾は「なんだよババァ・・・」とぼやきながら渋々人を呼んでいる電話の受話器を手に取った。
「―――ハーイもしもし、岡松精肉店です」
すると受話器の向こうから「――あっ、出た!」と中年女性の声が返ってくる。
おそらく主婦だ。そして「――お肉の宅配をお願いしたいんだけど、いいかしら?」と肉の注文をしてきた。
実はこの岡松精肉店、僅かではあるが電話での注文宅配も行っている。
孔蛾は「――はい」と返事し、メモの準備をした。
「――えーと、豚バラ300gと牛ロース500g・・・それと鶏モモ400g下さる?」
「――――はい、豚バラ300g牛ロース500g鶏モモ400gですね」
スラスラとメモを取る孔蛾。
「――注文は以上でよろしいですか?」
「―――ええ、はい」
「―――お届けするのは何時頃がよろしいでしょうか?」
「――――う〜ん、そうね明日の夕方の五時に・・・ごめんなさいね、前日注文しちゃって」
「―――いえ、かまいません。はい、明日午後五時ですね。
ではご住所の方をよろしくお願いします」
「――えーと、×▽#団地の三丁目の3−27よ」
「――はい、承りました」
孔蛾はとってきた注文を「―――ババァー宅配の注文きたぞ!明日の夕方五時に届けてくれってさー!」とカヨ子に報告。
するとカヨ子からは「―――じゃ〜あんた、確り届けてきなっ!」と言いつけられた。
「・・・・オイ」
本人の意思とか無視で孔蛾は結局自分でとった注文を自分で宅配する事になった・・・。
***
「――― ―お肉、明日の五時に届くようにしておいたからね!」
先ほど孔蛾に注文をした主婦が、そう言ってガチャリと受話器を置く。
直ぐ隣のリビングから「――わかった」という声とキャッキャッという複数の笑い声が聞えた。
それも――子供の声。どうやらこの家は明日、焼肉パーティーの様だ。
そんな楽しそうな団欒というのに、その家の部屋一角だけが陰気で暗かった。
というか――――そこだけ、一筋の光すら差し込まない黒い海の底・・・まるで深海の様だった。
その深海の中で、一匹の深海魚がずっと息を潜めていた。
昼間だというのに電気も付けず常に真っ暗で、何をするわけでもなくただ部屋のベッドの中に身をくの字に曲げて一日を過ごす。
この魚の名前は東 芽衣子(ひがし めいこ)、群れ(一家)のお荷物で嫌われ者ある。
彼女は学校にも行かず中学の時からもう五年も部屋に閉じこもっていた。
―――――ゴソゴソ・・・と芽衣子がベッドから起き上がり、ガラッと部屋を出る。
どうやらトイレに行くらしい。廊下を歩いていると重役出勤の父に出くわす。
芽衣子は「―――あっ、お父さん・・・」と父に気付きか細い声でそう呼んだ。
けれど、父は芽衣子をチラリとも見ず、そのまま芽衣子を無視して玄関へと出て行った。
そう・・・まるで芽衣子が“見えていないかの様な振る舞い。”
「・・・・・」
芽衣子はそんな父の態度に寂しく俯く。―――やっぱり無視されている。
ここ数年父とは挨拶はおろか一つも口を利いていない。
いや、父だけではなく母も兄も弟達も“家族全員”が芽衣子と一切口を利いていない。
皆は芽衣子が引きこもるようになってから、彼女を『一家のオチこぼれ、家族の恥、親戚の恥、駄目な奴』扱いし、見下し、邪険した。
しかし、最近に至っては、家族は彼女に関心すら抱かなくなりコミュニケーションを捨てた。
そう、“芽衣子は家族でありながら家族ではなかった。”
――――――私は役立たず。何かのわりにもなれない人間。必要とされない。失意されている。
―――――――――――――――――――何処にも“居場所が無い。”
芽衣子は“深い孤独”に浸っていた。
――――――誰も見てくれない。
――――――誰も気付いてくれない。
―――――いや・・・・もしかしたら、見てくれないじゃなくって“見えない。”
――――――――――気付いてくれないじゃなくって“気付かない”。
―――――見えないから気付かない・・・・見えない・・・見えない・・・・・まさか、嗚呼っ!!
・・・・ある考えが芽衣子の思考を駆け巡り、芽衣子は瞼をひんむく様に眼を開いた。
―――――――――暗い部屋のベッドの片隅にはH = G =ウェルズの『透明人間』が、
ぽつんと無造作に開かれていた。