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「―――――――― ―驚いたよ、同僚に切れて廊下のガラス打ち破ったなんて・・・・
“何時もニコニコしていなさい”とあれだけ言ったのに、お前は聞き分けの良い子じゃないか。
それが一体どうした?言えるなら言ってみなさい」
蛍光灯が妙に明るい個室の中、二人の喪服の男が居た。
一人は長細い会議用机に突っ伏している・・・笑う男、スマイルだ。
しかし今日のスマイルは笑顔ゼロで、全身に陰の気を身に纏っていた。
目の前には『始末書』と書かれた白い紙がペラリと置かれている。
これから彼はそれに反省文を書いて、今一緒にいる喪服の男 “ラグナレック”に提出しなければならないのだ。
ラグナレックとはスマイルの上司で“全ての班の代表責任者”である。
ラグナレックほどの立場の者が、たかがガラス一枚割った程度の始末書回収に出向くなんてあり得ない事だった。
しかし、彼はもっと別の事があってここに遣って来たのだ。始末書はそのついで。
スマイルとラグナレック、この二人の間にはそれなりの“縁(ゆかり)”が存在する。
・・・ラグナレックは顔がスマイルと似ていた。端正な目鼻立ちである。しかし神経質でどこか冷淡。
身長もスマイルより11センチ高い。髪は黒。細身で華奢。年齢は二十九、三十路一歩手前だ。
しかし見た目が若いので何時も二十代半ばと思われている。
ラグナレックは窓辺に立ち、ブラインドの隙間から外の景色を見つめていた。
「―――――――――――――許せなかったんだ・・・どうしても。
アイツ、あの女(マキシム)が俺のマタパ(妹)を侮辱するから・・・・」
スマイルは突っ伏したまま、覇気の声でそう言う。
「――――――――それでお前は豹変したのか」
「――――うん・・・」
「――――――馬鹿者っ!」
「―――っ?!」
素直にスマイルが自供すると、ラグナレックは声を荒げ一喝した。
――スマイルはその迫力に思わず突っ伏していた顔をガバッ!と上げる。
目を大きく見開く・・・・。
「――いいか、スマイル・・・良く聞け、お前にとってマタパ(妹)がどれ程の存在なのかは察しがつく。
だがなぁ・・・・職場に思念を持ち出すな!
しかも其れを同僚ごときに彼是言われたぐらいで切れて器物破損させるなんて以ての外!論外!!
俺がお前に如何して何時もニコニコしとけ、笑っていろと言ったかわかるか?」
「――――――――っ」
「―――少しでも自分の気を誤魔化す為だ!人間笑ってりゃあ大抵の事は乗り切れる。
気性激しい感情起伏の激しいお前への訓練・・・。何事も平然を装うが一番、それが動きやすい。
最近まで上手くいっていたのに、急にペースを崩したな。それも如何した?マタパ(妹)か?」
平坦な口調にもどったラグナレックがそう訊ねる。
するとスマイルは「――――――――探るな!“ナノキ”の原則だろ!」と怒鳴る。
・・・気が荒立っていた。彼はどうもこの件に関する事になると、感情的になるらしい。
「・・・・・確かに“探らない”は、この組織・・・ナノキの原則だ。しかし何を今更。
普通の上司部下同僚同士なら絶対許されない事も、この俺クラスになると“探るが原則”に変わるんだよ!
ましてや俺とお前だ、尚更俺は責任持ってお前を探り監視しなくてはいけない!」
※ナノキ=彼らの所属する組織の愛称。ナノナキ、ナノナとも呼ばれる。
組織の正式名は『名の無き組織』。“名を持たない組織” という意味のストレートな組織名。
ちなみにこの『名の無き組織』は組織のロゴ、象徴、マークなどは一切持たない。
そんなスマイルをラグナレックはまたもピシャリと叱る。
まだ怪訝表情を浮かべるスマイルに「―――我が強い所は兄貴そっくりだな」と付け咥えた。
「――!俺と親父を一緒にするなっ!!」
「――――――――ふん、一緒じゃないか親子なんだから」
「―――――知るか!違うっ!!違う!違う!違う!あんな男が俺の父親なわけがない!
お袋を散々苦しめて苦労かけて心労で殺した男なんて!しかも、息子の俺を絞め殺そうと・・・っ!!
もう親じゃねぇーし、とっくにこの世にもいねぇーよ!
もし万が一生きていたとしてもどっかで転がってくたばっているがオチだ!他人だ!他人!!」
―――――――――――立派な豪邸内・・・
――――――――若くして世を去った母の仏壇・・・
そして――――― −パチパチと音を立てる炎・・・カーテンが燃えてゆく・・・
―――その中で、首を細いビニール紐で締め上げられる少年・・・
――――――絞めているのは狂ったその父・・・
―――「・・・冬日子、頼む!一緒に死んでくれ!!死んでくれぇ!」
―――――――「ウゥッ!!ゥアッ!・・・ウウウウッゥ嗚呼!あっ!!アアアーーーッ!!!」
―――――ブチィ!!
―――散々暴れて・・・偶然にも仏壇の傍に落ちていた園芸鋏を拾い、それで首を絞める紐を引き裂くように切る。
毎日母の仏壇に花を生ける為に使用した鋏が役立つ・・・。
―――母が己の救ってくれた。
――ゼイゼイと荒い息と眩暈を患いながらも、必死でその場を脱出し外へ。
なんとか命からがら助かった・・・後ろを振り向けば、もう家は燃え盛っていた。
――――父と共に。
―――――――――――――そして首に消えない痣が残った。
「――――――――わかった、すまなかった・・・。
そこまで言うならもう似ているなどと二度と言わんよ、悪かった」
「・・・・・」
ラグナレックは、あっけなく失言を謝罪する。スマイルはジロリと此方を睨む・・・。
―――――からかわれた。
「――――なぁ、スマイル」
「―――何ですか?」
「――――――――今日は“昔話”をしよう」
「――――昔話・・・・?」
「―――嗚呼そうだ、昔話だ。
だから、今だけ昔の名前で呼び会おうじゃないか・・・・なぁ、スマイル・・いや我がカルク(甥)、冬日子よ」
ラグナレックがゆっくりと後ろを振り向く・・・その表情は平然としていたが、どこか含みがある。
一方スマイルは強張った。言い知れぬ緊張を感じているのだ。
「――――――――なんですか?アチャポ(叔父)、雨日子(あめひこ)叔父さん・・・」
―――――――――――叔父さんの顔を見たくない・・・。
スマイルはじっと目を瞑る。顔から嫌な汗が垂れてきた。
「――――――冬日子、七年前親父に殺されかけ家が燃え・・・路頭に迷う寸前のお前を引き取り助け、
ここ(ナノキ)へ導いてやったのは誰だ?
しかも親切に出世コースと呼ばれる内部の捜索班(ウォッチャーズ)に推薦してやったのは誰だ?答えてみろ・・・」
「・・・・雨日子叔父さんです」
「――だろ?なら自分勝手な行動は慎め。一人の乱れが班全体の乱れに繋がる。調和の崩壊だ。
任務遂行こそが全てと言って良いほど過言では無い。
お前の任務は“塚原の捜索”、勝手にマタパ(妹)捜索をするなっ!いいか、お前の思考行動は全て俺に筒抜けだからな!
それを確りと頭に入れ、余計な事は一切するなよ!いいな!!」
ラグナレックは懐から三枚の写真を取り出すと、それを勢い良くスマイルの目の前に叩きつけた。
―――バン!と音がしテーブルが微かに揺れる・・・。
スマイルはそれに反応し一瞬で閉じた目を見開く。
「―――――――――っ!!これはっ!」
スマイルは叩きつけられた三枚の写真を見るなり、驚き身震いした。
一枚目は遊園地で孔蛾が春日子の目を手で覆い、きつく体を抱きしめている写真。
二枚目はコインランドリー前で孔蛾が、呆然としている春日子の肩を痛いぐらい掴んでいる写真。
三枚目は、塚原の墓の前で孔蛾が春日子をギュッと抱きしめている写真。
これら三枚は全てマタパ(妹)捜索の資料として勝手に自分(スマイル)が横領した物だった・・・。
写真は上手いこと焼き回しし、誤魔化した・・・。
誰も同じ資料が二つ存在するなんて気が付かないはず・・・・なのに、
――――末恐ろしいことにそれが今、この男(叔父)の懐から出てきたのだ。
しかも、焼き回しのコピー(複製)ではなく、自分が横領したオリジナル(原型)の方である。
「―――――どうした?冬日子。そんなに震えて。
まぁ・・・怯えるな、別に役員会議に出してお前をとっちめてクビにしようなんて考えてないよ。“今回は目を瞑ってやる”。
だがなぁ・・・さっき言ったように“お前の思考行動は全て俺に筒抜け”。
これだけは“忘れるなよ”。あとは全て自己責任で解決しろ。
ついでに、一言、資料は大事に扱えよ。この三枚目の写真・・・男の顔に穴が開いている」
ラグナレックはニタリと笑い、自分が叩きつけた写真の三枚目を人差し指でトントンと叩いた。
――この三枚目の写真・・・男の顔に穴が開いている。
三枚目の写真は、スマイルが錐で孔蛾の顔をぶっ刺したやつだ・・・・。
「・・・・雨日子叔父さん」
「―――冬日子、あまり俺を驚かすな。信じられんよ、お前がこんな身勝手な事をするなんて」
「ボクだって驚いているんですよ・・・自分の行動に。自分自身こんな事をするわけないと思っていた。
げど、塚原の事を調べていたら偶然マタパ(妹)が資料に出てきたんだ・・・
しかも何処の馬の骨とも分からない天パでノッポの男に抱きしめられている・・・。
可哀想にきっと誑かされているんです。奴はウェンペクル(悪人)!可愛いボクのマタパ(妹)を誑かす惑わすウェンペクル!
だからボクが早く今日明日にでも彼女を救ってやってここ(ナノキ)へ連れて来てやらないと手遅れになってしまう!!
どの道マタパ(妹)を引き取る積りでしたが、それが早まっただけ!
ボクが成人になったら迎えに行く予定でしたが、そんなのを待っていたら・・・一体どうなっていることやら!
兎に角ボクは心配です!連れて帰るのを失敗しても必ずマタパ(妹)に寄り添う男を始末しておきたい!
きっと殺してしまうかもしれない!!ボクは危険になってしまう!
あぁっ嗚呼ぅ!!叔父さんボクはマタパ(妹)の事になると気が狂いそうです!!」
――――――――嗚呼・・・ボクの愛しいマタパ(妹)。
――――――ある日、ボクはボクに腹違いの妹がいると知った。
――母を裏切っていた父を憎み、ボクはその妹がどんな面しているか調べて観に行くことにした。
きっと親父の金を毟り取ってヌクヌクと生きているに違いないと思った。
子供ながらボクの心は怒気と怨憎の塊だった。隙あらば無茶苦茶にしてやる積りでいた。
―――――だが、それは全てひっくり返った。
――ボクは調べたアパートの、ドアポケットをそっと覗いた瞬間ギョとしたんだ・・・。
今も忘れはしないあの衝撃・・・。
――――――――――――――――――玄関前でガリガリの童女が栄養失調寸前で倒れていた。
―――――目は空ろ、口から涎(胃酸)、くっきり浮かぶあばら骨、小さな背丈・・・。
―――――――――――何よりも沢山の痣と傷。
――それを見てボクはこの状況がなんなのか理解した。“虐待”。
――――――――ボクも妹も同じ目に遭っていた。同じ境遇。ただ、彼女はボクよりも酷い。
―――その瞬間ボクの心に“強い愛情と愛護”が生まれた。
この子を守れるのはボクだけだと確信した。ボクはその日から妹を密かな糧として生きた。
――――――――――余る時間は容赦なく妹へつぎ込んだ。
使える小遣い全てを長期保存が可能な缶詰やスナック菓子に変え、それを何も言わずドアポケットに投下。
するとそれを妹が受け取って食べる。生きてゆく。
そんな事が二、三年続いた・・・・。不思議と誰にもバレなかった。
ただある日、一度だけ焦ったことがある。
何時もの様にドアポケットに缶詰やスナック菓子を入れていると、突然ボクの腕を妹が掴んで中へ引っ張った。
そして「・・・あなたダレ?」と訊かれた・・・。
兄だと正直に名乗る訳にはいかず、魔法使いと名乗った。魔法使いユポ。ユポは兄という意味。
・・・そう名乗れば何時かユポの意味に気づき兄の存在を知る。ボクへの手掛かり。
浅はかな望み・・・・。そしてボクは魔法をかけた「君は・・・本当は男の子なんだよ。
でも悪い奴に魔法をかけられているから今は女の子になっているんだよ。
その悪い奴の魔法のせいで君が女の子になっているから、お母さんがいなくなってしまったんだよ。
でも魔法が解けたらお母さんは必ず迎えに来てくれるよ」と。
手の込んだ子供だましの魔法を。だが妹は素直に信じてくれた。
自分を男と思い込ます・・・そうすれば将来悪い虫が寄り付かないし、母親へのささやかな希望も残して遣れる。
砕けることのないボクの鉄板魔法。“悪い魔法使いはボク自身。”
そして何食わぬ顔してまた缶詰やらを届けた。
―――――だが、母が死んで家がゴタゴタして暫く妹に会えなくなってしまった。
気には掛けていた・・・・だが会えない。
――――――――――――それからボク自身に事件が起きた。
――――事業に失敗した父が狂い、家に火を点け・・・ボクを首絞めて殺そうとした。心中。
―――――――ボクは命からが逃げ出した。奇跡。
――そしたら急に妹の事が頭に浮かんだ。ボクは急いで妹の元へと向かった。
―――――――――何時もみたいにドアポケットを覗いたら・・・・妹は瀕死だった。
――――――――――――――――――無意識に救急車呼んでいた。
その後、妹が助かって施設に預けられたと聞いて一安心した。
それと同時に決心した「ボクが成人したら、必ず妹を引き取る」と。
―――――――――――行き場のないボクはただ一人の理解者で頼れる大人、
叔父の丸ノ内雨日子に引き取られた。そしてこの『名の無き組織』へ・・・・・。
―――――――――――――――――今も変わらず妹はボクの糧である。
「――――――――そうだろうな、気が狂うほどお前はマタパ・・妹、春日子を溺愛している」
――――――――――――――――――――――――――――異常なほど。
「――――叔父さん・・・」
「――だからな、冬日子・・・暴走防止の為にお前には“取って置きの釘”を打っておくからな」
「――――――――――――――――取って置きの・・・釘?」
「―――――――そう、釘」
――呆然とするスマイル。
―――ニンマリと笑うラグナレック・・・・。
「―――あと、動物は資料保管所でも禁止だから」
――ドン!
「――――っ!ハーメルン・・・」
何処に隠していたのか・・・・ラグナレックは檻に入った白い二十日鼠を取り出す。
―――――――――――――チュウチュウと小さく鳴く鼠。
「・・・・・この鼠は責任持って俺が処分する。お前はちゃっちゃっと始末書け」
「・・・・処分って、まさか殺すんじゃ!」
「――いや、“キイト”に預ける。あの子は“動物だけが好き”だから」
「―――――――――――――そう・・・・キイトか」
――――――――――――――――――キイト・・・特別役員育成のガキ。
「・・・さて、始末書出したらお前も行け“外へ”。もう班の連中は先に出ている」
「・・・・早いな」
「・・追いつけよ」
「・・・・追いつくよ、“俺の肩には何時も青い鳥が止まっていますから”」
――――――――――自分は美しい緑の木、羽ばたいてくる全ての青い鳥は全てこの木に止まる。
―――――――ピリカ(美しい)。
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――――――――賑やかな街の中、大きな交差点・・・信号が青、
『鐘の鳴る丘』がスピーカーから響き、沢山の歩行者が横断する。
その中を一人の女が民衆に化けて紛れていた・・・何処にでもいるOLの格好をしたマキシム。
そしてその後ろには、虎のスカジャン羽織ってフリーターに化けて歩いているドラゴン。
アイポッドを聴いている。
――――――班の連中は動き出していた・・・ただし、“一人だけ別件目的”で動き出している。
「――――孔蛾さんもちょっとは重い荷物持ってくださいよ!!ペットボトルとか!
ずるいですよ、自分だけ軽いのって!しかもフリスク一個!」
「―――――――――いいじゃん。どーせ、目の前の踏み切り越えたら直ぐ家だろーが!」
「―――その近さがかえって腹立ちます・・・」
お使い帰りの孔蛾と春日子。
相変わらず二人は痴話喧嘩していた・・・・・・・。
―――――――――カンカンカンカン♪
踏み切りの信号が点滅し、棒が降りて通行が遮断される―― −。
「――――あっ!」
それを見て春日子はあんぐりと口を開けた。そして「・・・最悪です!」と呟く。
―――――――――カンカンカンカン♪
―――――――――カンカンカンカン♪
――――――――――――――――――ガタンガタンガタンガタンガタン・・・
右から電車が遣って来る・・・・・。
その車内に“サラリーマンに扮したスマイル”が乗っていた―― −。
スマイルは孔蛾達に気づいている。窓から眺めている・・・・。
そして、電車が丁度踏み切り・・・・二人の前を通過する瞬間、
「―――――――――――――Target lock-on!」と呟きながら、スマイルは手でピストルの形を作り孔蛾の頭を狙う、
そしてパーン!と撃つジェスチャー・・・シミュレーションをした。
最後に「フフ・・・」と笑って。もちろん孔蛾本人、そして春日子もこんな事をされているとはまったく気づいていない。
電車は、ブゥオオオン――オンッ!ガタンガタンカンカンカンカン♪
と音を鳴らしてあっという間に通過した。
―――スマイル・・・そしてドラゴンにマキシム。
彼らは様々な目的で、確実に孔蛾達の直ぐ側まで忍び寄ってきている。
変装という“変身”をして。
――――――――魔法使いは強い魔法使いに・・・危険な魔法使いに“変身”。
――――――少女はすでに、生まれながら女に“変身”していた。
―変身、変身、変身・・・・。
Story6終了、Story7 孤独な透明人間に続く。
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