前頭連合野/46野のORIGINAL NOVEL

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※著作権は前頭連合野/46野の管理人、怪物の顔(鮭)にあります。





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孔蛾は一人、病院の中庭のベンチで手紙を広げて読んでいた。
――――今井から渡された藤色の洋封筒のやつのだ。
家に帰って読むのは、全部読む前に見つかる可能性があるので、
孔蛾は手っ取り早くもうここで読んでしまおうと考えたのだ。

春日子ちゃんへ

お元気ですか?突然ですが、貴女のお母さんについて調べました。
そうしたら、やっと所在地が把握できました。
この手紙と一緒に入れているメモ用紙に住所を書いています。
それを頼りにお母さんに会いに行きなさい。
先生は春日子ちゃんと一緒に行ってあげたいけれど、お仕事の都合で行ってあげられません。

追伸)
グレーゴル・ザムザがある朝、なにか不安な夢から目を覚ますと、
自分が寝床の中で巨大な毒虫に変わっているのを知った。
フランツ・カフカ『変身』より。

春日子ちゃん、貴女は既に変身するべきものになっています。気づきなさい。自覚なさい。

絵理加先生より。

「―――――――ずいぶんアッサリまとめたな、今井」

今井の書いた手紙は、言いたいことを最小限の文で纏め上げたといった感じの内容だった。

「でも・・・住所書いてあるけど、切手貼ってねぇ。手渡しってバレバレじゃん」

―――――――――まぁ、それは上手いこと何とか誤魔化すか。

孔蛾は「・・・さて、そろそろ帰るか」と呟くと、読んだ手紙を綺麗に元の封筒へとしまう。
――――――――――雨上がり。

そして孔蛾が去った後のベンチにはのろのろとカタツムリが這っていた。








***







「―――――――――はぁ〜息が詰るね・・・この食卓は」

夕食の時間、カヨ子は大きな溜息を一つ吐いた。

――――さっきからカヨ子の声と、カツカツやパクパクという食事の音だけが食卓に響いている。
如何したことか、孔蛾も春日子も一言も喋らない。
そればかりか二人は誰とも目をあわせようとしない・・・。岡松家始まって以来の珍事。

「―――馬鹿従業員、今日仕事サボって何処行っていたんだい!?
御蔭でこっちは重い肉をミンチにするのが大変だったんだよ、力仕事はあんたの仕事だろ?
それが唯一の取り柄だっていうのに・・・まったく!」

この静かさには異様だ・・・カヨ子は空気を換えようと何時もの様に物々と孔蛾にお説教を始める。

「大体、あんたは仕事をなんだと思っているんだい!隙があればサボってばっかり。
それでもきっちり毎月給料の18万を出しているこのアタシは偉いよ!わかってんの!?
これが、どれほどありがたいことなのか!!えっ!わかんてんのかい!?」

すると、孔蛾は無表情に近い顔をカヨ子に向け、「――――はい、日々感謝しています女将さん」と一言。
――――――――おかしい・・・この子が感謝の言葉を言うなんて!!身震いする!
その不意自然な振る舞いにカヨ子は「・・・・そう、ならいいのよ」と反射的に怖気づいた。
・・・・孔蛾の向かいで春日子がスズッ―と味噌汁を啜り「―――自分勝手スケベ男」と呟く。

「――――?!ブッ!ブハッ・・・」

御蔭で齧っていた沢庵を孔蛾は吹いた。
――――――――何をコイツは突然・・・・・。
と心を一時乱したものの、孔蛾はゴホン!ホン!と咳払いをし、再び元の体制に戻る。

―――おかしい。おかしな二人。妙にぎこちない・・・・。
てか、何?自分勝手スケベ男って?

「・・・・ちょっと、あんた達今日とっても変よ!何かあったの!?」とカヨ子が堪らず言うと、
「「―――別に」」と孔蛾と春日子が二人同時に返してきた。

「―――――!!」

―――凄い・・・見事に揃っている。

「・・・・・別にって、あんた達一体如何したの?」
「――――――――ご馳走様」
「―――!」

探ろうとするカヨ子を遮る様に、孔蛾が「ご馳走様」と言って去っていく。
それにつられてか?「――ボクもご馳走様です」と春日子も去っていく。

「・・・・・・・・何、何なのよ?今日はいったい・・・まったく」

・・・・食卓には一人ぼんやりと食器を片付けるカヨ子だけがいた。






***







「―――――オイ!」

―――――パタン!!と戸を開けて行き成り孔蛾が屋根裏部屋へ入ってくる。
「―――?!ちょ!何ですか!?急に!」と驚いて春日子がこっちを振り向く。

春日子は白いパジャマに着替え、机に座って勉強をしていた・・・。
※何時もの服は洗濯中でかえが無い。
どうやら、テストが近い模様。
春日子はじろりと孔蛾の顔を睨む・・・・。まだ昼間の事は許しちゃいない。
その刺さるような視線に孔蛾は一瞬動揺するが、直ぐに気を取り戻す。

「――お前宛に手紙、着ているぞ!今井絵理加って人から。
切手貼ってないから多分直接ポストに入れたんだな」

―――――――よし!切手は上手いこと誤魔化した。

そう言うと、無理やり今井から渡された洋封筒を春日子に握らせる。

「――――――えっ!えっ、ええっ!!絵理加先生からのお手紙!?」

――――――――一体如何したんだろう!?絵理加先生からのお手紙なんて久しぶりだ!!

春日子は激しく動揺しながらも、手紙を確りと受け取りそれを急いで開けて読む。

「―――春日子ちゃんへ、お元気ですか?突然ですが、貴女のお母さんについて調べました。
そうしたら、やっと所在地が把握できました。
この手紙と一緒に入れているメモ用紙に住所を書いています。
それを頼りにお母さんに会いに行きなさい。
先生は春日子ちゃんと一緒に行ってあげたいけれど、お仕事の都合で行ってあげられません・・・」

そして読み終わると、青い顔して目をぐっと見開いていた・・・。

「――――なっ、なんですかコレ!!絵理先生・・・」

――――――――信じられない!!!何!?この内容は!!?

春日子は確認するように何度も何度も目で読み返す。

――――――――こっこここ・・・コレ本当!?お母さんについてって!!
―――やっと所在地が把握できました。って!
―――メモ用紙に住所を書いています。って!
――――――――で、でも・・・追伸のグレーゴル・ザムザって何?

―――頭の中がぐるぐるする。

自分に関わる・・・重要すぎる予想外な情報。
春日子は、宝くじの一等賞が当たったみたいになっていた・・・。
――――― −何がなんだか整理できない。

「――――――春日子、お母さんに会いたいか?」

途方もなく呆然としている春日子に、突如ポツリと孔蛾がそう訊く。

すると春日子は「――――――――!?えっ!!?」と更に目を見開いてこっちを見る。
―――――えっ!?ちょ、今、孔蛾さんお母さんに会いたいか?って・・・まっ、まさか!

そして「―――――――――読んだんですか!?この手紙!」と激しい口調で訊ねた。
それに対して孔蛾は「―――ああ、読んだよ」と穏やかに冷静に答える。

「――!信じられません!!」
「――何が?」
「――何が?って・・・人の手紙を勝手に開けて読むなんて!しかも、ボクが読む前に!!」
「―――別にいいじゃん!」
「――よくないです!!」
「――気になったんだよ!家にそんなオシャレな洋封筒が届いていたから!!つい・・・」
「―――だからって、開けて読んでいいという道理は何処にもありません!!
絵理加先生が言っていました、人の物や人の事を勝手に見たり探ったりしてはいけませんと!」
「――――――オイ!その絵理加先生自体は、お前の母親に関して勝手に探り、
そしてそれを勝手に手紙書いて勝手にお前に宛てた!!絵理加先生は勝手に人の事を探った!
俺とやっていることかわんないじゃん!!」
「――――――――?!!!」

―――――――――すまん、今井。お前を悪者にして利用させてもらう。

孔蛾は理屈責めをして春日子を責める。
内容は本当に無理やりで、こじつけ尽くしだが・・・孔蛾の強いものの言い方と妙な説得力の御蔭で春日子は一瞬で口を噤んでしまった。
春日子は純粋だ、素直だ、子供のように言われたことは納得してしまう。
それに対して孔蛾は頭が良く、白も黒と言い張る奴だ。そして何よりも口説くのが上手い!
23歳の大人の男が16歳の少女を丸め込むなんて簡単な事だった。


「・・・・ボク・・・ボク・・ボク」

――――――――――どうしよう。
―――言い返せない。

「・・・・・・なぁ、春日子・・・このまま黙って待っているだけじゃ駄目なんだ」
「――えっ?」
「だから、ずっと待っているだけじゃ駄目なんだよ。待っているだけじゃ・・・相手は気づいてくれない」


戸惑う春日子を孔蛾は優しく諭していく。

「・・・・・でも、でも!ユポが大人になって強い魔法使いになったら僕の魔法を解いてくれます!
そうしたら男の子に戻れて、お母さんが迎えに来てくれます!!」
「―――――――っ!」

――――――――――ちっ!ユポの話。

“ユポ”の一言が見え始めた目の前の道を暗く覆う。
魔法使いユポ。―――春日子の実兄。命の恩人の命の恩人。
自分は毎日彼女の傍にいるのに彼女は自分よりも、今目の前の何処にもいないユポを信じている。
―――――――――――悔しい。みっともない嫉妬が込み上げてくる。
孔蛾は歯がゆさに顔を歪めた。

「・・・じゃあ何時そのユポは大人になって強くなる!?
成っても何時お前の前に現れて魔法を解いてくれる!?魔法を解かれても何時お前の母親はお前を迎えに来る!?
何時?何時!?何時だ!!いいか、直ぐ来てくれるなんて限らない!
迎えに来たとき、もしかしたらお前は老人なっているかもしれない!下手したらもうこの世にいないかもしれない!!
いや、迎えに来る前にあっちがいなくなるかもしれない!いいか、よく聞け!
人は約束をしても必ず来てくれるとは“限らない”んだよ!!」
「―――――――そんなっ!約束をしたら約束は守らなければなりません!!」
「―――――約束をしていても破られる事はよくある!!絶対なんて保障は無い!」
「―――!!」
「―――――だから春日子、お前は待たずに自分から会いに行くんだよ!!
本当に会いたいと願うなら、自分で動いて自分の手で掴んで叶えろ!それが“本気”だ!!!」
「―――――――――っ!!!」

孔蛾の言葉に春日子は衝撃を受けた。

―――――――――お母さんに会いたい。
――――お母さんに会って抱きしめてもらいたい。

そして―――優しい声で「春日子」って呼ばれたい。
洪水。心が洪水。
今まで我慢していた・・・押し込めていた母親への想いが一気にジャブジャボと溢れ出てくる。
無意識に春日子は手紙を強く握り締める・・・・。
そして目から鱗がボロボロと落ちていく―――― −。
―――――――――――――自分で動いて自分の手で掴んで叶えろ!それが“本気”
今までの甘っちょろい思想が簡単に砕かれ、大きな荒波がそれを押し流してく。
言われたことをただ守って、一方的にそれを鵜呑みしていた・・・。
そうすれば周りは「善い子」と褒めてくれた。
でも、この目の前の男はそれを崩し、駄目だと言い叱咤てくれた・・・・。
―――如何してだろう?如何して彼はそこまで自分に・・・。

「―――――――――如何してですかぁ・・・如何して、何でボクに構うんですか!?」
「――――えっ?」
「――――如何してこんなにボクに必死になってくれるんですかっ!?あなたは変です!!」
「――――――!」

春日子は目から大きな涙粒を零しながら孔蛾にそう迫る。
彼女は白くて細い腕を伸ばし、グッ――と孔蛾のシャツの端を握り締めた。
そしてそのまま彼女は彼の胸・・・といっても身長差があるので彼の腹部にそっと項垂れた。
孔蛾は「―――――オッ、オイ!」と不意を食らう。
突然の春日子の行動に孔蛾は面食らって、もたついた。
――――その間にも、ペチャポチャと春日子の涙が零れ、彼女の小さな手の甲や床や彼のシャツにそれを滲ませた。
その時、彼はハッとした。

―――――守ってあげたい。

「――――それは・・・」
「―――――何ですか?如何して・・・ですか?」
「―――その」
「――ボクが孔蛾さんを助けたからですか?
命助けたから・・・恩返しのつもりですか!?だったら・・・」
「―違う!!!」
「―――――!」
「―――違う」
「――なら、どうして・・・」

――――――誰よりも、守ってあげたい。

「――――――――お前のことが好きだからだよ!!愛したいからだよ!」
「――――?!!」

――――――――守って、愛したい。

「―――昼間も言ったけど、俺はお前が好きだ。だからあの時・・・キスをしたんだ」
「――――うそ・・・」

告白。

彼は彼女に告白をした。
“二度目”の告白を。

彼女は項垂れたままそれを聞いていた。
―――その彼女の顔が、今どんな表情をしているかは分からないが・・・。
声は酷く震えていた。

戸惑い。

「―――うそ・・・ウソです!」
「――うそじゃねぇーよ!!
好きだから好きって言って、好きだからキスして、好きだから・・・好きな人の事に真剣になって必死になる。
お前が俺を“大嫌い”でも俺はお前が“大好き”だ」

孔蛾は震える春日子の手を握り締めた。
―――涙で濡れている。

「――――ボク・・・ボクは」
「――俺は、“本気”だから」
「―えっ?」
「――本気だから、自分で動いて・・・お前に告白した」
「―――ほっ、本気・・・本気ってボク、ボク・・・」
「――― ―兎に角、俺は本気だから。ふざけてなんてないから。俺はお前が本気で好きだから」
「―――ボク・・・ボク・・そんな」
「―――今は、俺がお前の事を本気で想っているって事だけわかってくれればいいから。
告白の返事とかは直ぐには求めない」
「――そっ、そんな・・ボク・・ボク」

――――――――ボク、孔蛾さんがわからない。
――ボクの中の孔蛾さんが何のかわからない・・・。

―――――――――――――ボクにとって、孔蛾さんって何?

「・・・・多分、今のお前にとって俺がなんなのかなんて分からないよな」
「――!」
「そんなこと考えも、考えようともしなかったんだろ?俺が自分にとって何かなんて」
「・・・・」

見透かされている。

「・・・これからでいいから。お前にとって俺が何かなんて、これから考えてくれればいいから」
「・・・・」
「それで、考えて結論が出たら・・・返事、聞かせて」
「・・・」
「それで、いいか?」
「・・・・・・・・・・はい」

春日子は涙声でポツリとそう返事した。
見透かされている。
春日子は孔蛾に見透かされている。

「――――――来週、来週の日曜・・・早起きして俺と一緒にお母さんの所に行こう、なぁ?」
「・・・孔蛾さん」

――――――――濡れたボクの手を握り締めてくれた孔蛾さんの手は、
とても大きくって暖かかった。




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