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「―――――ああ、俺・・・如何しよう」
――――――――夕飯どんな顔して春日子と顔を合わせればいいんだ・・・いや、
むしろ顔を合わせてくれないだろう。
あれから一時間・・・孔蛾はまた自室で悶々としていた。もちろん体育座りして。
「あああぁぁぁぁああ・・・・」
魂が抜けるような奇声・・・・。
白い・・・・。今の彼は白い絵の具ぐらい白い。
「・・・今何時だ?」
―――ふと孔蛾は手元の携帯を開き、時間を確認する。
「・・・・・まだ2時か」
―――パタン。
携帯を閉じると、ストラップにしている今井から貰った恋木神社の御守り・・・・・『恋守』が揺れた。
今井の言いつけを守って孔蛾は確りと今も付けている。
「恋のお守り・・・・」
そのお守りをなんとなく眺めていると、孔蛾は今井に言われた言葉を思い出す。
―――― ―そうそう・・・・その御守り、恋に悩んで困ったりしている時に“よく触って”祈ってね。
そしたらもっとご利益があるかも・・・。
「・・・・ご利益ねぇ」
傷心している孔蛾は、恋に悩む思春期の乙女のごとくお守りを触ってみた・・・。
まさか自分がこんな、子供騙しを信じてするなんてと思いながらも。
――――言われたように“よく触って”祈ってみた。
「――――――――?!あれ?」
すると、お守りに違和感を覚える――― −硬い。
硬いのだ。確かに妙にこのお守りは硬い。
見た目は綿と生地で分からないし、触り心地も握るぐらいならなんとも無い。
だが、よく触ってみると硬く、違和感が湧く。
――――――――これは一体なんだ??!
「――――開けるか」
――――ガサッ!ゴソ・・・
一体これはなんだと、堪らず孔蛾はお守りの袋を開け、中の硬いものを取り出す。
「――――!!!?」
――――すると紙に包まれた何かが出てきた・・・。
「―――――なんだこれ・・・」
ガササッ――と包みを開く・・・。
「・・・・指輪?と・・・・婚姻届け」
中から銀の指輪・・・それも“子供用のリング”。
そしてその指輪を包んでいたものは・・・婚姻届だった。
「――――あっ!これ・・・あの時の」
孔蛾はクシャクシャになった婚姻届を見てハッと気づく。
この婚姻届・・・喫茶店で今井に押し返した婚姻届けた。どことなく見覚えがある・・・・。
「・・・絶対そうだよ、これ」
その証拠に裏には今井の携帯番号が薄っすら書かれている・・・・。
これだ、間違いない。
―――――――――あの狸女・・・何時の間にこんな小細工をあんな短期間で・・・
あいつ教授ってのはウソで実はマジシャンなんじゃ・・・・。
「―――――!?」
しかし・・・婚姻届の裏は今井の携帯番号だけでなかった。
もっと別な物も付け加えられて書かれていた。
――紙の下の端に青のボールペンでなにやらつらつらと書かれている。
『この婚姻届を見つけたということは、賭けは私の勝ちね、孔蛾実さん。
言ったでしょ?絶対にあなたはYESと言うと。その証拠にこれを手に取った。
どうやら迷いも断ち切って、誰もが手に入れるチャンスと向き合う気になってくれたようね。
恋に悩んで困ったりしている時に“よく触って”祈ってねって。
ハッタリで言ったけど、貴方なら実際にやりそうだったから言って正解だったわ。貴方が欲しい物は私が持っています。
本当に渡すつもりの紙は、実は貴方に一度も見せも、渡しもしていません。
取りに着なさい私の所へ。今すぐ携帯に連絡入れて飛んできなさい。
その時、紙に包んでいた指輪についても話してあげます。
その指は“渡すべき人間”が現れた時に渡してあげて下さい。それまで大事に預かって・・・。
では、待っています。今井より』と・・・。
「・・・・なんじゃそりゃあ!!!?」
付け加えられた文を読んで孔蛾はイラッとした・・・。
歯痒さやゆえにビシャ!と思わず紙(婚姻届)を床に叩きつけてやる。
――――― 一体何時今井はこんな小細工をしでかしたのだろうか?
おそらく孔蛾とあれこれ言い合っている間に、そっと気づかれないよう、
受け取った紙(婚姻届)を背の後ろに回し猛スピードで書いたのだろう。
その証拠に・・・鏡文字が所々あり、字も凄く乱雑だ。
そして懐にしまったように見せかけ、予め持ってきていた指輪をその紙に包みお守りに入れて孔蛾に渡す・・・・。
――――――――――計画的だ。計算されつくされている。
まさに狸女・・・・・・。
「・・・・・・はぁ〜」
―――――婚姻届はよしとして・・・なんで俺は指輪なんて預けられているんだ?
溜息をつきながら孔蛾は紙(婚姻届)に包まれていた指輪を手に取り、
探るようにしげしげと観察する。
―――純銀製の小さな指輪・・・リングの表面の一箇所が丸く凹んでいる。
きっと宝石がそこには嵌められていたのだろう・・・しかし現在はそこに宝石は無い。
指輪の裏を見るとローマ字で名前が彫られていた。“Romeo”と。
「―――――Romeo?ロメオ?違う、ロミオか・・・・」
―― ―Romeo、外国人・・・イタリア人?王子様みたいな名前じゃん。
「・・・・まいっか、兎に角これからあの狸女に会って全部聞きたい事を訊いて問い詰めてやる!」
そう言うと孔蛾は携帯を手に今井へ電話をかけた・・・・。
※今井の電話番号は既に登録済み。
***
雨雲の中に薄っすらと白い空が顔を覗かせる。
天気は、土砂降りから曇り空へと変わっていた。
「・・・・あら、いらっしゃい、孔蛾さん。やっとお守りの中身に気づいてくれたのね」
病院の個室の中、今井のか細い声が脆弱に響く・・・。
――― ―現在、今井絵理は入院している。
白いベッドに寝そべり、白い細い腕に点滴を打っていた。
顔色は頗る悪く、血の気が無く青ざめている。そして、前に見た時よりもガリガリに痩せていた。
パジャマの隙間から、鎖骨がくっきりと浮き出ている。
「・・・・吃驚した、驚いたよ」
パイプ椅子に腰掛けた孔蛾が深刻な顔してそう呟いていた。
病室のテーブルには、大輪の白いカサブランカの花束が置かれている。
孔蛾が持ってきたのだ。電話した時、今井のかすれ声と「入院している」という事情を聞いて、
孔蛾は別の意味で今井に会いに来た。――――――――見舞いに。
「・・・・お花有難う、カサブランカは好きよ。花言葉は“高貴・偉大・威厳”」
「―――そんなことより、体は大丈夫なのか?」
「体・・・体は老人が肺炎にかかって拗らせただけです・・・やっと落ち着きました」
「―――――はぁ!?老人が肺炎にかかって拗らせただけですって?
それ隣の病室のおじいちゃんの事?だってお前二十九だろ?何を言ってんだよ!
俺はお前の病状を訊いてるの!隣のじーさんの病状じゃなくって!」
「・・・・隣の病室のおじいちゃんの事なんて言ってないわ・・・。
というか、隣の病室の方はおじいちゃんじゃなくって、おばあちゃん。
私は見た目が二十九歳でも、体の中身は八十歳を越える老人なの。それも弱りきった。
―――――― −“悪魔の呪い”のせいでね。もう彼方此方ガタがきているわ、治りはしない」
―――見た目が二十九歳でも、体の中身は八十歳を越える老人。
たしか、彼女は変形性膝関節症を患っていた。現に足が不自由で歩行が困難。
杖を突いて生活している。変形性膝関節症は過激なスポーツでもなるが、老人に多い症状の一つ。
以前、孔蛾は「―――――――何か過激なスポーツでもやっていたんですか?」と訊ねた。
「まあ、そんなもんです」と今井は答えたが、そんなわけ無いと頭にはひっかかっていた・・・
元々大した筋肉も無い、こんな細い女性が過激なスポーツなんてしているはずもないと。
肺炎を拗らせて酷い状態になるのも老人の特徴・・・・
――どうにも、体の中身は八十歳を越える老人。というのは真実らしい。
「――――悪魔の呪い?中身は八十歳を越える老人?オイ!アンタ一体何の病気だ!?」
「―――おやめなさい!私を探るのは・・・。そんなことはいいから!!
はやく、そこにある机の引き出しに入っている茶封筒を受け取りなさい!!
中に貴方の欲しいもの・・・借用書と本番の婚姻届が入っています。大事に扱ってね、落としたりしては駄目よ・・・」
「―――――――今井っ!」
孔蛾は苦い顔して今井を見る。
しかし今井はキィ!と睨み「何をやっているの?早く受け取って!」と叱咤した。
その迫力に負けて孔蛾は渋々言われた通り、机の引き出しから茶封筒を取り出す。
・・・・封を開けて中を確認する。確りと婚姻届と借用書が入っていた。
―――――――嬉しい・・・。貰える物がやっと貰えて嬉しい!はずなのだが・・・。
どこか言い知れぬ何かを感じるのは何故だろう。
「・・・・その婚姻届、苦労しました。春日子ちゃんは未成年、親の同意が必要です。
捜すのに血眼になってやっと遣り上げました。滅茶苦茶疲れました。もう必要なものは全て埋めてあります。
あとは孔蛾さん、貴方と春日子ちゃん二人が記入する分だけが空いています。
最初私が貴方にちらつかせた婚姻届・・・・・知っての通りあれは白紙。
勢いで、名前書いて出せと言いましたが・・・あのまま名前書いて出しても受理なんてされません」
一通り話すと今井はふぅ〜と一息ついた。
「――――なぁ?今井」
「・・・なんですか?」
「これから色々聞きたい事があるんだけど、聞いていいか?」
「・・・構わないわよ」
「――なら、早速だけど、あの指輪は何?お守りに入っていたやつ」
孔蛾は婚姻届と一緒に入っていたお守りのことを聞く。
すると今井は、「――あれは私が大切な人から預かった物です。文に書いてあった通り、
あの指輪は“渡すべき人間”が現れた時に渡してあげて下さい。それまで大事に預かって下さい。
お願いします。あなたしか託せないの・・・他に託す人がいないの。
私はもう”預かれなくなった”から」と申し訳なさそうに言う。
だが孔蛾は腑に落ちない。「――――勝手な事言うなよ!」と言い返す。
「自分が預かれないからって、他人に押し付けるかよ、普通!」
「――それはわかっているゴメンナサイ。でも、お願い!!!病人の頼みよ!」
「――ならせめて経緯ぐらい教えろ!」
「――――駄目言えない!!それだけは言えない事情があるの。
大丈夫、不幸の指輪とかではないから、安心して!」
「――なんだよ、それっ!!」
――――――――不幸の指輪って・・・不幸の手紙じゃあるまいし!
てか、別に俺はそんな事恐れてねぇーよ!
「―――いい、指輪はお守りに入れて大事に保管して!!」
―――――質問を無視。
「オイ!」
滅茶苦茶なお願いだ・・・・。しかし結局、孔蛾は人が良いので承諾してしまった。
―――― ―無意識に。
「―――――――なぁ、もう指輪はいいから(諦めた)、これを聞きたい!
あんたは俺とはじめて会った時、”近い未来あの子は一人では決して立ち直れないようなショックを受けるでしょう。
そのショックを乗り越えるのには支えてくれる誰かが必要なのです”って俺に説明したよな?」
「―――――ええ、確かに」
「それが、春日子を結婚させたい理由なんだろ?」
「そうよ」
「――なら、教えてくれよ。
春日子が “近い未来、一人では決して立ち直れないようなショック”ってなんだっ!?教えろ!!俺には聞く権利があるはずだ!!」
「―――――――!!」
ドン!と孔蛾は今井に大きな質問をぶつけた。
「―――――――そうね・・・巻き込まれている貴方には訊く権利がある。わかった、話すわ!
でも説明が非常に長いから覚悟しなさい。
“近い未来、一人では決して立ち直れないようなショック”とは、あの子(春日子)に近々降ってくるアクシデントの数々。
―――まず、はじめに一つ言っておくわ・・・私はもう長くない。はっきり言ってもう危ないの。
この先どれほど生きてゆけるかは未知だけど、もうもたない。
未成年のあの子を一人残していくのには忍びないし、不都合な事が多々起きてしまう。
私はあの子の後見人、未成年後見人です。『未成年後見終了原因』ってご存知?
それも色々あるのだけれど、未成年後見終了原因の一つには『未成年後見人の死亡・欠格』というのがあるの。
未成年後見人の死亡、欠格事由に該当したとき、別の人物が新たに未成年後見人に選任されます。
私の後に誰が選ばれるかは不明だけど・・・これは不安だし、おいそれと上手くいくかも分からない。
そして『未成年後見終了原因』には『結婚による未成年の成人者あつかい』というのもあるの。
未成年者が婚姻した時は、成年に達したものと見なされます。これによって、親権や契約締結の能力を取得することになるの。
実はここが大きなネック。春日子ちゃんが結婚すれば、
もう春日子ちゃんは成人者(※ただし二十歳まで飲酒喫煙は認められない)となります。
こうなると“自己責任”というものが付いてきます。
これで私がいなくても「少しは自分でやって行こう」と思うはずです。
私が結婚を願うのは、春日子ちゃん自身が、自分で自分を管理できる人間なって欲しいからです。
あの子は私に“依存”しすぎています。直ぐ私を頼る。でも私が居なくなった後はそうは行かない。
自分で何とかしなくてはいけない・・・でも今のあの子にはまだそんな力はない。でも時間がない。
だから支えが必要なのです、愛する者の。結婚して欲しいです。結婚して幸せになって欲しい。
まだ理由はあります・・・結婚しないと春日子ちゃんが危ない。
春日子ちゃんには“異母兄弟の兄”が一人います。春日子ちゃんと三つ違いの兄が。
・・・・この腹違い兄が去年、私の元に突然やって来て“自分が成人したら妹を絶対引き取りたい”と申してきました。
驚きました。本当に突然で・・・。しかも行方知れずと言われていた兄でしたから。
春日子ちゃんは自分に兄がいるなんて知りませんし、私は、はっきり言って預けたくありません。
彼は血のつながった兄なので、妹を溺愛しているようでしたが、“預けたくない環境に属している”ので、必然的に彼には預けたくない。
拒否したいです。断固。その為には結婚!なんとしてでも結婚!!兎に角結婚しかないの!!
年内に結婚してくれないと彼が成人して妹(春日子)を引き取りに来てしまう!!なんとしてもそれは防ぎたい!!
詳しくは言えないけど、兄が所属している恐ろしい組織環境には置きたくない!!
わかった?これらが答えよ!」
※以上、今井の長〜い説明。
凄く長い説明を終えると今井はハァハァゼイゼイと酸欠状態なっていた・・・・。
慌てて枕元から酸素マスクを取り出しそれをはめる・・・。呼吸を整えた。
「・・・わかった、ありがとう!命を張った長い説明!!」
孔蛾は涙ぐんで今井に感謝した・・・。
「今井、安心しろ!!俺は春日子と結婚したい!今すぐしたい!!いや、絶対にしてやる!!」
「――――――――!孔蛾さん・・・あなた」
立派な孔蛾の宣言に、今井はカッと熱くなって涙す。喜びと感激の涙・・・。
個室だからいいももの、大部屋だったら何事かと皆が覗くだろう。
「――――あと今井」
「―――――なんですか?」
「――ユポって誰かわかるか?」
「――――――?!ユポ!!」
ユポと聞いた瞬間、今井の顔がザァーと青ざめた。
「――――知っているのか?ユポ」
「―――貴方会ったの!?ユポに?」
「――いや、会ってない・・・ただ春日子から聞いただけ」
「―――――そう・・・。話したのね。あの子、貴方にユポの事を」
「――魔法使いの“ユポ”って誰だ?」
「―――ユポ・・・ユポとは“アイヌ語で兄”という意味。つまりユポ=兄」
―――――――――ビカーン!!ドーン!ゴロゴロゴロ・・・・。
――――――ザアアアァ―‐
――再び土砂降りが訪れ、雷が落ちる。
「―――――――?!!ユポの意味が兄・・・。
じゃあ、もしかして春日子の前に現れた魔法使いの正体は」
「――――――――――――春日子ちゃんの腹違い兄、“丸ノ内 冬日子(まるのうち ふゆひこ)”さっき言った、
“自分が成人したら妹を絶対引き取りたい”と申し出た男よ!!」
―――――――――ビカーン!!ドーン!ゴロゴロゴロ・・・・。
「・・・・彼がユポなのは確かよ。私聞いたもの直接彼に。
妹を引き取りたいと言いに来た時、“貴方もしかして魔法使のユポ?”って。
そしたら彼は一瞬驚いた後、“はい、ボクが魔法使いのユポ”って証明したわ」
「――――――――そんな・・一体どうなっているんだ!?
なんで・・・腹違いの兄が引き取りたいなんて言ってくる?異母兄弟だろ?
親が再婚してまた離婚した結果、兄妹が一時的に離れ離れになったのか?」
「――――いいえ、そういうのではありません」
「――じゃあ、春日子って一体!?あんたなら知っているんだろ?あいつの出生!」
孔蛾の質問に、今井はじっと目を瞑る・・・そしてパッと開けた瞬間一気に喋り出した。
「――――― ―春日子ちゃんの父、丸ノ内富日子(まるのうち とみひこ)は明治の時代から代々続く名家の当主でした。
しかもこのご時勢にも関わらず男尊女卑の家で、跡継ぎは必ず男と決まっていました。
丸ノ内富日子には正妻の丸ノ内瑠璃(まるのうち りる)と愛人の大島朱莉(おおしま あかり)の二人がいた。
正妻の丸ノ内瑠璃との間には一人息子、丸ノ内冬日子(まるのうち ふゆひこ)を授かり。
愛人の大島朱莉との間には一人娘、大島春日子・・・春日子ちゃんを授かったわ」
―――――――――――知られざる事実。春日子は名家当主の愛人の娘だった。
「――――――― ―知らなかった・・・」
「―――――当たり前でしょ?今話したんだから」
「――あっ、そっか・・・」
―――――――――――うっ、恥かいた・・・。
しまったという顔をする孔蛾。
「――話続けるわよ」
「頼む!」
抜けたことを言う孔蛾が気がかりだが、今井は話を続ける。
「―――――――丸ノ内富日子という人は仕事に関しては一流でしたが、人間としては失格でした。
正妻の瑠璃と息子の冬日子に頻繁に暴力を振るっていたんです。
DV(ドメスティック バイオレンス)で家族を苦しめあげた・・・・。
そして愛人の朱莉も捨てた。富日子は朱莉との間に生まれてきた子供が女だと知った途端“女はいらない。
跡継ぎには冬日子がいるからいい、女を持つお前はお荷物だ”と言ってあっさり捨てたんです。
だから、春日子ちゃんは父の顔を知りません。一度も見たこと無いです。
今も春日子ちゃんは自分の父親の存在を知りません。死んだと言い聞かせられているそうです。
自分の出生については、春日子ちゃんはまったく知りません。
でもそれでいいんです・・・・これからも何も知らないで欲しい・・・・だから、
私の話す事、話した事は貴方だけの秘密にして!孔蛾さん・・・」
※DV=家庭内暴力。
今井は縋る様な目でそう言う・・・・孔蛾は息を呑んで「わかった」と約束した。
「―――――そして、捨てられた愛人の朱莉もまた・・・人間として失格でした。
もともと朱莉は富日子の財産目当てで愛人になり子供を生んだんです。好きでもない子供を。
だから朱莉も捨てました、我が子を、春日子ちゃんを。邪魔になって。
春日子ちゃんは二度も親に捨てられたんです。それも勝手な・・・自分達の都合で!
母、朱莉は育児放棄(ネグレクト)しました。虐待。
春日子ちゃんをほったらかしにして、何日も何週間も家に帰ってこないんです。
夜遊びや男と駆け落ちしたりして。パチンコにはまって明け暮れて。
またキッチンドリンカーで酒を飲んでは子供に手をあげました。
何日も食事を与えず・・・何日も風呂に入れず・・・何日も家から出さず閉じ込める。
病気になっても放置で知らん振り、腹が立ってヒステリックなったら好きなだけ暴力振う。
そんな環境に生まれ育った子供がどうなるかご存知?」
※キッチンドリンカー=アルコール依存症の主婦。
「――――――――――間違いなく、精神的にも肉体的にも発達が阻害される」
「―――そう、その通り・・・・・。
春日子ちゃんが小さくて華奢なのは、間違いなくネグレクトによる発育不足のせいです!!
虐待が発覚し・・・あの子が保護された時、あの子は九歳なのに身長が僅か100.2cm、体重は15kもなかった!!
学校にも通ってなかった!!勉強なんてさせてあげてなかった!!算数なんて出来ない!平仮名と片仮名の区別も付かない!!
虐待は脳の発達すら妨害していた!!なのに・・なのにあの子の母親は、そんなことも知らず何処かへ遊びに行っている!!
当然そんな親に親権なんて持たせられない、直ぐに親権喪失させられた。
そして・・・施設で育つことになったの。
私があの子と出会ったのは、あの子が施設に保護されて丁度一年目の秋でした・・・私はあの子を見た瞬間吃驚した。
信じられないぐらい目が虚ろだったから!!」
―――――――――ビカーン!!ドーン!ゴロゴロゴロ・・・・。
――――――ザアアアァ―‐ザアアアァ―‐ザアアアァ―‐
―――――――土砂降りが嵐に変わっていく・・・。
「・・・それでも、あの子は健気で可愛い子です。
あの子がどうして何時も黄色と黒の横縞の上着と紺のジーパンを着用しているかわかる?
――――――――最後に母親と会った日に着ていた服装なんですって、それが。
あの子はね、信じているの・・・ずっと。何時か母親が自分を迎えに来るって。
同じ服装を毎日してれば・・・大きくなっても服装でお母さんが気づいてくれる。
だから学校でも一度も制服なんて着なかった。自分は捨てられたなんて思ってない」
黄色と黒の横縞の上着と紺のジーパン。
春日子は保護されてから、この服装を維持し続けているという。
「―――――――――――――そう・・・だったのか」
―――――――知らなかった・・・あいつ、そんな理由で毎日同じ柄の服を。
――それに、施設育ちだったのとは最初今井から聞いたが・・・こんなにも過酷な事情で預けられていてとは。
「・・・・・今から魔法使いユポの話をしましょう。
私が、魔法使いユポの話を春日子ちゃんから聞いたのは、あの子と仲良くなって、ようやく信頼され始めた頃でした。
いつもの様に空腹で・・・玄関で倒れていたら、ある日、目の前のドアポケットから缶詰やスナック菓子が入ってきたそうよ。
春日子ちゃんはそれを食べてその日の飢えを凌いだ・・・・。
ご馳走だったそうよ、彼女にとって缶詰やスナック菓子が・・・
それまで醤油やマヨネーズを啜って生きてきたようなものだったのだから・・・・。
そしてその日から毎日のようにドアポケットから缶詰やスナック菓子のプレゼントが届いた。
最初は、お母さんが缶詰やスナック菓子をくれているのだと思ったそうだけど、
途中からなんだかそうじゃないって気づきだして・・・一体誰がくれるのだろう?と疑問を持つようなった。
ドアポケットからの缶詰やスナック菓子で命を繋ぐ日々の中、ついに春日子ちゃんはその正体を突き止めた・・・ 。
ドアポケットから缶詰やスナック菓子が入れられる瞬間、あの子は自分の細い腕をドアポケットの穴に突っ込んだ・・・
そしてドアポケットから缶詰やスナック菓子を入れている腕を手で掴んで中へ引っ張ったそうよ。
すると『あっ、痛い!』って声が聞こえたんですって・・・男の子の声で。
春日子ちゃんが『・・・あなたダレ?』って訊いたら、相手は暫くの無言の後『・・・ボクはユポ、君の魔法使い。優しい魔法使い。
ボクが大人になって強い魔法使いになったら、また君の前に現れて君にかけられた魔法をといてあげる』って答えたそうよ。
『――― ―かけられた魔法って何?』って訊き返したら、『君は・・・本当は男の子なんだよ。
でも悪い奴に魔法をかけられているから今は女の子になっているんだよ。
その悪い奴の魔法のせいで君が女の子になっているから、お母さんがいなくなってしまったんだよ。
でも魔法が解けたらお母さんは必ず迎えに来てくれるよ』って返ってきた・・・・。子供の春日子ちゃんはその言葉を深く信じ込んだ。
そして『―――だからボクは、本当は男の子で、何時か男の子に戻れるんです。
何時か大人になった強い魔法使い、ユポが来てくれて・・・僕にかかった悪い魔法をといてくれるんです!!
そしたらお母さんがボクを見つけて迎えに来てくれます!』と言う様になった・・・」
――――――ザアアアァ―‐ザアアアァ―‐ザアアアァ―‐
ザアアアァ―‐ザアアアァ―‐ザアアアァ―‐
町中の建物は雨の滝の中・・・・。
「―――――――――それが魔法使いユポの話?」
「――――――そう」
「―――ユポが・・・丸ノ内冬日子がどういう経緯で春日子の前に現れたかは不明だが、
春日子とは歳が三つしか変わらないんだろ?子供のなりに咄嗟に思いついたのが“魔法使い”だったんだろうな」
――――――――子供らしいといえば子供らしいのだが・・・。
孔蛾は複雑な顔をしていた。
―――――――――――――子供らしいといえば子供らしいのだが、今となっては性質が悪い。
「――――ええ、そうでしょうね。でも正直、丸ノ内冬日子の存在がいなければ春日子ちゃんは“餓死”していた。
孔蛾さん、貴方にとって春日子ちゃんが命の恩人ならば、春日子ちゃんにとって法使いユポが・・・丸ノ内冬日子が命の恩人です。
春日子ちゃんは真夏の炎天下で脱水していました・・・死の瀬戸際の所を通報され救出されました。
その御蔭で虐待が公に発覚した・・・・。
―――――――――当時の救急隊から聞いた話ですが、通報者は男の子の声だったそうです。
名前は斉藤と名乗ったそうですが・・・おそらく偽名。目撃者の話からも11〜12歳ぐらいの品の良い少年だったそうです。
きっと丸ノ内冬日子・・・。こうなると、私はもう何も口出しできなくなる。
現在、春日子ちゃんは16歳。すると丸ノ内冬日子は19歳。彼が成人するまであと一年!来年!!
来年彼がやってきて妹を連れて帰ると言えば、私には春日子ちゃんを引き止める権利がほとんど無いからNOというのは難しい。
それに、それまで私の命が続いているかどうかも・・・・。だから年内に結婚。どうしても結婚!今すぐ結婚して欲しい」
「―――――――――俺もヤダ!!春日子を連れて行かれるのは!!」
「―――なら早く頑張って結婚を!!結婚を!」
今井は重ねて「結婚を!」をと言う。必死だ。時間が無い。彼女には時間が無い。時間が・・・・。
――――――――――――――――全てにおいて時間が無い。
「――――――――――私が元気であれば・・・こんな状態じゃなければ、
春日子ちゃんと向き合い、母親について彼是と教えるつもりでした。
出生については、これからも何も知らないで欲しい・・・・と先ほど言いましたが、母親についてはそうは行きません。
母親の事だけは本当の事を教えなければ・・・・・後は知らないまで良い。知ればあの子は捜したがる。父と兄の存在を――。
父はともかく兄はあの子を巻き込む。だから一生知らなくっていい。
孔蛾さん、春日子ちゃんと一緒に春日子ちゃんのお母さんに会いに行って下さい。―――――これを」
今井は枕の下から、藤色の洋封筒を取り出すと・・・孔蛾の腕を引き寄せそれを、そっと握り渡した。
今井の手は白くって・・・冷たく冷えていた。点滴の針が痛々しく刺さっている。
「・・・・・・これは?」
「――――お手紙です。封筒の中に手紙とメモ用紙一枚が入っています・・・メモ用紙は春日子ちゃんの母親の居場所を記した住所。
手紙は貴方が先に読んだ後、それから春日子ちゃん渡してください。
貴方は何を聞かれても問われても“今井絵理加など知らない、一度も会ったことない。
ただ手紙が気になって読んでしまった”と言い通してください・・・。
私に関しては、入院とか具合が悪いとか余計な事は一切言わないで!何一つ!!
私があの子と距離を置いているのは病の事もあるし、なによりも私のいない生活に慣れてもらうため。今後の為です。
―――いいですか、無理やりでも絶対に母親に合わせてください。そうすけば、あの子は理解する。
“自分は男なのではない、本当に女でずっと女。魔法などウソ。たとえ男でも女も・・・母親は一生迎えには来ない”と」
「・・・・・」
「・・・・・・・・残酷ですか?」
「――――いや、何時かは知らなきゃいけない事・・・でしょ?」
「―――そうね」
――――――――――――――今井、泣くな。泣くなよ、あんたは悪くない。
――――――――――――――――――――――あんたは寧ろ、優しい。
「・・・・・ごめんなさいね、孔蛾さん。あたなには、お願いばかりしている。
勘違いしないでね、けして利用しているつもりではないの。ただ・・・・」
「――――――――頼める人間が俺しかいないんだろ?」
「―――はい」
孔蛾は、渡された洋封筒と茶封筒を大事にジャケットの懐に閉まった。
「―――――そろそろもう、点滴の交換の時間です。看護師さんが来てしまいます。
では、よろしくお願いしますね・・・」
「―――――――――分かった」
―――――ガチャリと孔蛾が部屋を出と同時に、擦れ違いで女性看護師が入って来た。
「―――――今井さん、点滴の交換をしますね」
そう言って看護師は今井の点滴を手際よく新しい点滴と入れ換える。
「―――今さっきの若い男の人、大学の生徒さん?」
「――――えっ?」
「――ほら、たった今私と擦れ違った、背がとても高くって髪染めたパーマの・・・男前の人!」
―――――――――孔蛾の事だ。
「――――――――ああ、ええ・・・そうよ」
―――――――下手な事は言えない。
今井は嘘をついた。
「――いいですねぇ、あんなカッコイイ人が生徒さんで!」
「―――――そう?」
「――そうですよォ!!あんな人がいたら私なんか授業に集中できませんよ!」
「――――――――そう、それは本人が聞いたら喜んで飛び跳ねたでしょうね・・・フフ」
小さく今井が笑う。
「―――――あの花束、今の生徒さんが持ってきてくれたんですね?」
看護師が孔蛾の持ってきたカサブランカの花束に気づく。
「――――――ええ、カサブランカ・・・綺麗です」
今井はそのカサブランカを微笑んで見つめていた。
白く気高いカサブランカ・・・・・。
―――――――――――――――――本当に白い。
「――――っ?!ブフッ!!」
「――――――――――!!?今井さん!?」
突然、今井が口から血を吹いた。
「―――――――ブフッ!ゴホッ!!ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」
「―――今井さん!今井さん!今井さん!!」
「―――――ゴホッ!!ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!!」
どんどん血液を嘔吐してゆく・・・・吐血だ。
――――――――ブー!!
「―――――――――――今井さん!今井さん!しっかりして、今井さん!
今、ナースコール押して連絡入れました、もう直ぐお医者さん着ますからね!!」
「――――ゴポッ!!」
―――――――――――――― ―どうやら今日は・・・お喋りしすぎました。
幸い今井は医師の適切な処置によって、治まった。
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