「――――――――― −という訳で、ついついシャッターを開けてしまったんです・・・」
孔蛾は長いようでそう長くない説明をカヨ子達に話す。
聞いた水島は「マコりんの下心が招いた災難」と孔蛾を非難し、春日子は「最低です」とお決まりのような一言を浴びせた。
カヨ子は「店のシャッター朝までガリガリ引っかかれるのもゴメンだけど、中に入れられるのはもっとゴメンよ!
でも・・・・なんで家に来たのかしら・・・店を手当たりしだい弄くりまわされたけど、
なんか探しものをしている感じだったわね・・・家になんか目に付いた物や気になるものがあるのかしら」と言って首をひねった。
すると、「――――あれ?女の人がいませんよ・・・」ポツンと春日子がそう呟く。皆が話している間、女が行方をくらました・・・。
「――!あれ!?ホントだ・・・綿棒女がいつの間にかいねぇー」
「あらやだ!」
「あらやだってババァの独り言が長いから、その隙に逃げたんじゃ・・・」
「!なんでアタシのせいなんだよ!!このぐうたらノッポ!」
――――ドゴ!
「―― ―いてぇ!!」
孔蛾は余計な事を言ったせいで、またカヨ子に一発殴られた。
「―― ―なぁ、マコりん」
悶絶寸前の孔蛾に水島が話しかける。
「?なんだ」と返すと「・・・足跡」と呟き、水島は後ろの廊下指差す。
「!」
そこには足跡がついていた。
泥の足跡。あの女の手足は泥塗れだった。確実に女が残したものだ・・・。
足跡は一直線についており、廊下を抜ければそこは裏庭。
「・・・・庭に逃げたんじゃないか?綿棒女」と孔蛾は予測するも、「・・・だったら、庭も荒らされていたりして」と春日子が一言。
「そう思うんだったら確かめてきてよ!あんた達」
カヨ子が雑巾で汚れた床を拭く。
「・・・だよな」
孔蛾は面倒臭そうに裏庭へ向かう。「ボクも」と言って春日子が後ろに付く。
水島は黙ってその様子を見守る。
――――― ―そして、現場到着後、
「――!?うわぁ―――!!」
「――!!?ギアァッ!」
ガチャという音の後、二人の悲鳴が聞こえた。
「――!どうした!!」
何事だと水島が走って現場に駆けつけると、孔蛾と春日子は顔面蒼白になっていた。
開け放たれた裏庭へのドアが風もないのに微かに揺れる・・・・。
「―――!?ギョエェッ!!」
駆けつけた水島も現場の光景を目にするなり一瞬で悲鳴を上げた。
三人とも固まって、ただ一点を見つめる。
―――――― −視線の先・・・そこには、青々と育ったバジルが植えられた・・・大きな鉢を抱きかかえる、あの女の姿があった― −。
女は「めぼうき・・・めぼうき・・・めぼうき・・めぼき・・・・・」と白目向いて物々呟く。
べっとりとしている髪の先からポタポタと泥水が滴る。心底不気味だ・・・・。
「・・・・貞子?」
「いや、違うって・・・」
「そうか・・・井戸ないもんな」
「オイ・・・」
※貞子=鈴木光司原作のホラー小説『リング』のキャラクター。井戸から這い出てくる。
女の不気味な姿に思わず貞子と言葉する水島、そんな水島に孔蛾は恐怖も忘れて突っ込んだ。
「―――――― −一体どうなっているんだい!?」
戻ってこない三人が気になってカヨ子も裏庭へ・・・そして彼女もまた「!?ギアァッ!!」と悲鳴を上げた。
一方、女は孔蛾達の事なんて全然気にせず、愛おしそうに鉢に頬を擦り寄らせ喜びの涙を流していた。
どうやら彼女は綿棒ではなく、この鉢を探し求めていたようだ。
「ババァ、あんなでけぇー植木鉢うちにあったか?」と女が抱えている鉢を孔蛾は指差す。
「・・・拾ってきたんだよ、ゴミ捨て場から」
実はこの鉢が岡松家に遣って来たのはほんの四日前。元々あったわけではないのだ。
日課のゴミだしに行ったカヨ子がゴミ捨て場で拾ってきた代物。
別にカヨ子に拾い癖なんものはないのだが、たまたま目にしたその鉢に植えてあるバジルがあまりにも青々しく立派に育っていたので「勿体無い、こんなに良く育っているのに」と、ついなんとなくもって帰ってしまった。おばさん特有の“勿体無い精神”だ。
鉢を持ち帰ったカヨ子はインテリアにとレジの横にそれを飾っていたが、昨日馴染みの客に「この肉屋に、こんな大きな鉢はマッチしない」と言われたので、惜しくも拾った鉢は裏庭に引っ越していた。
「―― −たくっ、ババァは余計なもん拾ってくるなぁ〜」
孔蛾がカヨ子に呆れた感じでそう言うと、カヨ子は「―― そうね、役立たずな従業員(孔蛾)とかねっ!!」と言ってボコッ!と孔蛾を殴った。三発目のグー拳骨。
「それにしても、“めぼうき”ってなんだ?」
水島は女が繰り返す“めぼうき”というその言葉に疑問する。
「綿棒」と孔蛾が適当に答えた。するとカヨ子が「馬鹿!めぼうきって、バジルの事だよ!」と二人にめぼうきの正体を教える。
「へぇ〜バパァ物知りだなぁ」
孔蛾がそう感心すると、カヨ子は調子に乗り態々ペンとメモ帳を居間から持ってきて「いい、漢字でめぼうきって書くと・・・・・こう書くのよ!わかった?」とメモ帳に“目箒”と書く。
「難しい字ぃ〜中国語みてぇー!」
カヨ子の書いた目箒(めぼうき)と睨めっこする水島。
どうやら彼にとって難しい漢字は全て中国語に見えるらしい。
「目に入った塵などを取るのに用いられた事から目を掃除する箒=“目箒”と名付けられたのであ〜る」
カヨ子は更にそんな補足説明まで付け加えてくれた。ちょっとふざけて学者っぽい口調で。
「カヨ子さんって博識なんですね!」
春日子がキラキラした目でカヨ子に向かってそう言うと、その横の孔蛾が「ババァの知恵袋ババァの知恵袋」と囁いた。
「―― −それにしても・・・困るわよね、このまま鉢もったまま庭に居座られても」
カヨ子は鉢を持ったまま裏庭から動こうとしない女を見てふと呟く。
そして「あたし達じゃ解決できそうにない・・・しょうがない」と言って受話器を手に110を押し警察に通報をした。
「――― ―どうも、すみません!妹が大変ご迷惑おかけしました」
「――― ―どうも、すみません!すみません!すみません!」
中肉中背の二人の中年男がカヨ子に向かって何度も頭を下げる。
「もうわかりました、わかれましたからそう何度も頭を下げないで下さい・・・事情も事情ですし」
頭を下げ続ける男達に、
カヨ子は逆に申し訳なくなってきて「もういいですから・・・」と謝罪をやめさせる。
――― ―カヨ子が通報してから数分、警察とこの二人の男が遣ってきた。
二人の男はまったく見た目が、そっりくだった。一卵性の双子だ。
男達は鉢を持った女を見つけるなり「―― −!鉢!?またぁ・・!薔薇子!何やっているんだ!!鉢なんて持って!こんなところで!!人様の庭で!!?薔薇子、その鉢は!捨てろ!!早く!」「―― −薔薇子!!その鉢を捨てなさい!捨てたはずなのに、また拾ってきたのか!捨てろ!捨てろ!!」と狂ったように女から鉢を奪い取ろうとする。しかし女は「いゃぁぁぁああっぎぁぁぁぁっ!!!」と激しく喚き抵抗する。そんな光景を目にした警察は「何をやっているんです!危ない!」と言って男達を取り押さえ「落ち着いてください!!落ち着いて!」となだめた。カヨ子は冷や汗掻きながら「もう!何なんです一体!?」怒鳴った。それに気づいた男達はハッとし、女から離れるとカヨ子の前に来て行き成り謝罪を始めたのだった・・・・それが今の状況。
「謝罪は結構なのですが、一体なんなんです?あの女性は・・・妹さんなんですか?」
カヨ子は眉間に皺を寄せ、二人にそう訊ねる。カヨ子の後ろで孔蛾達が興味津々な顔をしている。
「―― ―はい、彼女は薔薇子と言って歳の離れた私達双子の妹です。
妹は残念な事に気が触れてしまっていて・・・突発的な失踪を繰り返してしまうんです。
もうなんど何度警察の世話になったかことか・・・今回の通報のもしやと思ったら案の定うち妹。
あっ、申し遅れました私は一郎、こっちは弟の次郎です」
女の双子の兄、一郎はそう説明すると隣の弟、次郎を紹介する。
次郎は「どうも、次郎です」と言ってペコリとお辞儀した。
「兎に角、連れて帰って下さい」
カヨ子は兄弟にそう告げると二人は「わかっています・・・本当に申し訳ありませんでした」と言い、
また女の所に・・・そしてまた鉢を取り上げようとする。
「薔薇子そんな物邪魔だから捨てなさい!!いい加減捨てろ!そしてもう拾うな!!」
「捨てろ、うちは花屋なんだから鉢なんていくらでもあるだろ!!だからそれは捨てろ!」
一郎と次郎は女・・・妹の薔薇子から再度鉢を奪おうとする。
ただのバジルが植えられた鉢なのに、それが麻薬か何か危ない物・・・いけない物でもあるかのように扱って見ている。
どうにもこうにもその光景はどこか何かズレていた。
―――――――― ―泥だらけの妹よりも鉢を気にしている・・・・・。
「――――いい加減にして下さい!止めなさい!」
ずっと人様の庭で鉢の取り合いなんて困る。またも警察が兄弟の身を押さえる。
「―――もういいじゃない!!鉢ぐらい!もって帰らせてあげなさいよ!!」
見かねたカヨ子が声を荒げる。
「兎に角、庭から出て行って下さい!!! 」
「―― ―!!」
「!・・・」
カヨ子の一喝の迫力に、争っていた兄弟はピタリと動きを止めた。
そして「一郎兄さん・・・ここは仕方ない、鉢は後で」「わかった、一先ず薔薇子を家に連れ帰ってから捨てよう」とコソコソ話をし「ほんとの本当にご迷惑掛けました」「すいませんでした」とカヨ子に頭を下げ、結局鉢を持ったまんまんの妹を連れ帰る。
警察も「とんだ災難でしたね」とカヨ子に言って去っていた。
「――――― ―もうっ!一体何だったんだい!?まったく!!」
カヨ子は怒りを通り越して呆れてしまいそうになる。
はぁ〜と深いため息を一つついた後、眉をしかめた。
「――― −ババァいいのかよ、折角拾ってきたんだろ?あの鉢。
ドサクサに紛れて持って行かれたぞ」
何気なく孔蛾がそう聞くと、カヨ子は「いいのよ、置いたら置いたでまた女の人にこられちゃ困るし・・・それになんか話の流れからして元々あの人達の物だったみたいだし。ほんともう夜中に人騒がさせよ!ああっ腹立つ!せっかく夢に舘ひろし似のイケメンが出てたのにっ!人を起こしやがって!この馬鹿従業員、あんたのせいで大騒ぎ!もう金輪際家に妙なのを入れるんじゃないわよ!わかったね!」と話の途中で切れてさっさと自分の寝室へと戻っていった。
「・・・・何がこの馬鹿従業員だよ」
「――― −−その鉢を捨てなさい!捨てたはずなのに、また拾ってきたのか!捨てろ!捨てろ!!」「一郎兄さん・・・ここは仕方ない、鉢は後で」「わかった、一先ず薔薇子を家に連れ帰ってから捨てよう」・・・一郎と次郎の会話が甦る。
――― −なんか話の流れからして元々あの人達の物だったみたいだし――――― −
たしかしに・・・カヨ子の言う通りあの鉢は元々あの兄弟達の物だったようだ。
だが鉢は捨てられた。
そしてカヨ子が拾ってレジの横に置いて飾った・・・おそらくそれを女が偶然見つけ、チャンスがあればと取り戻そうと・・・・丁度そこに自分が。
「・・・元々他人様が捨てた物を拾ったババァが根源じゃん!」
孔蛾は思った、自分に対するカヨ子の扱いが理不尽だと・・・。
三発もグーで殴られた・・・ムカツク。眉間に皺を寄せて嫌悪する。
――――― −しかし・・・・一体何故あの女はあんなにも鉢に執着する?
――― −それに、妹よりも鉢を気にする兄弟もやっぱり変だ・・・。
――― ―――鉢に何かとんでもないことが隠されているのだろうか?
いや・・・だかあれは、何処からどう見てもただの鉢。
「――――― −さん、孔蛾さん!孔蛾さん!あながさ―― −っん!!」
突然耳に春日子の声が響く。スピーカー並みの音量の。
たまらず孔蛾は「!――― −!?わっ!」と驚き跳び上がって耳を塞いだ。
「わっ!じゃないですよ!!
何ぼんやりしているんですか!さっきから何度も呼んでいるのに!」
「――― −えっ?」
「えっ?でもないです!」
「・・・オイ!なんだよ!突然人の耳元で大声出すなよ!!」
「はぁ!?そっちこそ何言っているんですか!突然じゃないですよ!ボクはさっきから何度も孔蛾さんって呼んでいました!」
「・・・・えっ?そう?」
「はい、そうです!」
「・・・・・」
――― ―気づかなかった・・・鉢の事考えていたら。
「――― −で?何?何で呼んだんだよ?」
何故か顔を赤らめる孔蛾。
「何でって・・・ただボクは、孔蛾さんもう早く中へ入りましょう。
何時までも庭にいたら風引きますよ、てか、庭に残っているの孔蛾さんだけですよって言いたかっただけです」
「・・・・・なんだよ、たいしたことじゃねぇーじゃん」
――――――――馬鹿野郎・・・ちょと変な事期待しちゃっじゃないか、俺。
「はい・・・」
「・・・・・・」
ただ単に春日子はそれが言いたかっただけ。その為に何度も孔蛾の耳元で声を張った。
それ以前に態々呼びに再び裏庭へ出向いたのだ。
・・・・なんとまぁ相変わらず律儀な性格。
そのてん、孔蛾は勝手に自分の都合のいい妄想劇場をやってた。突然の告白とか期待して。
無駄に。
「・・・・早く風呂は入って寝よ」
そう呟いた瞬間、
「えっ?今頃お風呂に入るんですか、孔蛾さん?もうカヨ子さんがお風呂の詮とっくに抜いちゃいましたよ」と春日子が言う。
「・・・・ババァ」
聞いた瞬間、孔蛾の心は忽ち失望感でいっぱいになった・・・・。
――― ―俺の存在は無視かいっ!!!
この日のお月様は三日月で夜空が笑っていた――― ――――