前頭連合野/46野のORIGINAL NOVEL

※ 無断転載等、持ち帰り等はしないで下さい。
※著作権は前頭連合野/46野の管理人、怪物の顔(鮭)にあります。





top


あの惨劇後、塚原はすぐさま救急車を呼ばれ、病院へ運ばれた。
そして二日間昏睡状態が続いた後、三日目の朝に眼を覚ました。

―――――――――――― ―重い瞼を開くと、ぼんやりと白い物が目に入る。
ハッキリとしてきた視界には真っ白な天井が映った。
――――――――――――何だろう? ああ、これは天井か。天井だ。
今度は不意にキョロリと横を向く。
―――白い。
横も白い。だが、天井の白と違う白・・・・柔らかい布の白・・・白衣?
――――――――――――お医者さん?実?
いや、違う。
白いのは白衣じゃない・・・白いカーテンだ。
そのカーテンが突如シャララ―― −と開く。

そして耳に、「あっ、目覚めましたね」とか「え――――塚原さん、塚原麗さん二十一歳・・・」とか「一昨日運ばれてこられた患者さんです」とかいう声達が降ってくる。男の人と女の人が混ざった声。 塚原は何だろう?と声がする方へ視線をかえる。 視線の先には、若い女性看護師と中年の医者がいた。

「―――――――― ―ぁ・・だぁれぇ?」

彼らを目にして、塚原が発した言葉はその一言は・・・・・呂律が回らずはっきりしない。
その光景は、まるで幼児が母親に「あれは何?この人誰?」と指差して聞く時と変わらなかった・・・・・・・・。


「―――主治医の野村です。落ち着いたら色々とお話しますね」と返事が返ってくる。
「血圧測りますね――」と優しい声で看護師が塚原の腕をそっと持ち上げ血圧を測った。








***







―――――――― ―院内の中庭は春の若草と淡い葉を茂られた並木で彩られていた。
―――――――― ―ちらほらと小鳥が羽ばたき、空を横切る。

そんな美しい光景を塚原は、薄暗い病室の窓からじっと眺めていた。ベッドに寝そべって。
気がつけばその傍らには孔蛾がいる。

「―――――――あれ?実・・・お見舞いに来てくれたの?気がつかなかったや・・・」

目を覚まして一週間がたった・・病食と点滴しか栄養を摂取できない塚原は力が出ないのか、
気の抜けた炭酸水の様な感じになっている。元気が無い。

「――――ちゃんと食べているのか・・・少し痩せたな」

塚原の寝ているベッドから病人独特の薬の臭いがする。

「実―――――――聞いて、僕の左手の薬指が曲がらないんだぁ〜」

塚原は左手を見つめ、グッと力を込めてみる・・・・すると他の四本は曲がるのに、薬指だけは固まったまま動かない、曲がらない。
その光景を孔蛾は絶望の眼差しで見ていた。 塚原の「-――― −僕の"天使の手"に何かあったら治してくれる?絶対ピアノが弾き続けられる手に治してくれる?」というあの言葉が頭の中をグルグルと回る。

「-――― −お医者さんが言うには、後遺症なんだって。リハビリしても治る見込みないって。
これじゃもう、ショパンの『英雄ポロネーズ』もシラフの『剣の舞』も・・・もう弾けないね」

曲がらない左手の薬指をしばらく見つめ続けると、塚原はふいに恍惚とした表情を浮かべ今度は孔蛾を見つめる。
一方、孔蛾は青い顔を曇らせていく・・・・同時に窓の外の水色空も曇っていく。

「-―――治らなかったね、実。僕の指は・・・・」

雲からポツン―― −と一滴・・・続いてもう一滴とポツポツと雨が降ってくる。
孔蛾の眼からもポロポロと涙が零れ落ちる。


――― −春の嵐の予感。


「・・・・・・・・どうにも出来ないだろ。俺はただの学生だ」と孔蛾は震えた声で言うと、
「言い訳はいいよ!!約束は約束!!愛してくれない代わりに僕と約束した約束!破ったね!!」と声を荒げる塚原。
そして――― −ビリッ!ビリリッ!!と布団のシーツを手で引き裂いていく。

「-―――あははははっ!!破った!破った!!実が約束破った!」

ビリビリに引き裂かれていくシーツの中から、
出来立てのポップコーンが弾き出る様に羽毛の羽根達がバラバラ舞い上がる。

「-―――あははははっ!!あははははっ!!破った!破った!破った!破った!実が約束破った!!実が破った!」

―――――――塚原が狂った。

「――――――――この嘘つき医者!!!!!守れない約束なんてするなよ!!
全部実のせいだからね!!実が悪い!実がいけない!!実の嘘つき!」

「――――――――――――――ごめん!!!!ごめん・・・」

黒い空から雨が溢れる。孔蛾の目からも涙が溢れていく。塚原の感情も言葉も溢れてくる。

「―――――――なんだよ!!なんで素直に謝るの!!何それ!?何にもわかってないよ!!
本当の事、自分の事!バカバカ!!馬鹿な実!実の優しいは"だだのお人好し!"まだ気づかないの!?
自分"騙された"んだよ!!お人好しだから、騙されたんだよ!!僕に!惨めでしょ!?悔しいでしょ!?」
「―――違う!!そんなんじゃない、そうじゃない!俺はそんなんじゃない!お人好しじゃない!!信じろ!!」
「―――誤魔化すなよ!!まだ良い人ぶるの!?実はただのお人好しの嘘つき!
僕はワガママな正直者!実、わかる?これが現実!!僕は実をこうやって困らせているんだよ!
自分で自分の手を刺して、実のせいだって喚いているんだよ!!自分勝手なんだよ!
こんな事をしてでも僕は自分のワガママを通したいんだよ、欲しいものを奪いたんだよ!正直だから!
僕は自分に正直だから!僕は実と違って自分を押し殺してまで人を幸せにしようなんて絶対しない!!
自己犠牲の上の誰かの幸せなんて憎くって妬ましいから!!実、わかろうよ!人間の手は二本しかないんだよ!
支えられる、助けられる人数はたかがしれているんだよ!夢なんてもう見ないで、目を覚ましてよォ!!
そして僕を愛してよ!偽物でもいいから!!偽物でも!!」

――――――散っていく羽根達は天使の羽根。
―――――――― ―もうピアノを弾けない天使の羽根。翼はもげて空を飛べない。水色空をもう飛べない。

「―――――――― ―駄目だ・・・偽物なんて直ぐに壊れる」

孔蛾は悲痛の面持ちでそう答える。

―――――――― ―塚原の愛は・・・永遠に受け入れられない。たとえ、"偽物"でも。

「――――――――壊れないよ・・・・壊れるものか、僕の執念は恐ろしいんだから・・・実、実がいけないんだよ
、実が僕をこうしちゃったんだよ、全部。実がお人好しだから・・・僕を責めないから・・・いけないんだ。
実、実・・・・僕はピアノなんて本当はどうでもよかった。興味なんて無かった。
ただ、あの時―――― ―あの時、実がああ言ったから・・・"お前は指が長いからピアノ弾け"って言ったから」

――――――――――――――――― ―ずっと、ずっと昔。声も高くって背も低かったあの頃。
黄色い菜の花咲く畦道で・・・二人は約束した。

「―――――塚原、お前進路決まったか?」
「―――――ううん、なんにも。実は?」
「―――――俺は、決まっている。医者になる。医者になって海外行って、戦争で怪我した人を治す」
「―――――そっか・・・実は頭が良いからね」
「―――――お前、なりたいものが無いのか?」
「―――――うん、ない。わかんない」
「―――――じゃあ、お前ピアノ弾け!お前は指が長いからピアノ弾け!」
「―――――ピアノ?」
「――――?お前はピアノ弾いてピアニストになる。俺は勉強して医者になる」
「――――?ピアニストかぁ・・・かっこいいなぁ・・・そんなの僕に出来るかなぁ?ピアノなんて」
「――――?出来るさ!頑張れば!!」
「――――?そうだね!わかった、僕ピアニストになる!」
「――――?よし!約束だぞ!」
「――――?うん!」

そう言って、僕等は指切りした。指切り・・・指切り――――? ―したのになぁ・・・。
なのに・・・何でだろう?なんで・・・こうなっちゃったのかなぁ?

「僕が・・僕がピアノを弾いていたのは・・・実との"約束を守るため"だったんだ。
僕がピアニストになって、実は医者になるっていう約束を。
だけど・・僕は自ら投げ出した・・・実を手に入れたいから」

――――?―如何して壊しちゃったんだろ・・・夢も、左手も。
ピアノは興味なんて無かった、でも・・・・・・・嫌いじゃなかった。

「――――― ―塚原・・・わかった・・・もう、わかった」

苦悶に満ちた顔で、孔蛾が塚原にそう言葉をかける。

「―――――わかった?わかったって、僕を愛してくれるの!?付き合ってくれるの!?」

塚原は孔蛾の言葉に―――――パァと明るくなる。

「―――――違う・・・」
「―――――えっ?」
「お前が・・・約束を投げ出したんなら、俺も約束を投げ出す」
「えっ?何それ?どう言う事?」
「・・・・俺は"医者に成らない"」
「―――――――――――――― ―えっ?」

―― ―床に落ちた一枚の羽根が・・・ドアの隙間風で少し揺れた。

「医者にならないって?それ・・・」
「塚原、俺は本物でも偽物でもお前を愛してやれない。
だけど、お前が言うように・・・お前をこんな人間にしてしまった原因は俺にある・・・・・・・・だから、俺は俺の夢を潰す」

――――――愛せない。その代わり、自分の夢を捨てる。

それが・・・孔蛾の塚原への精一杯の気持ち。

「・・・・・・何それ・・・何、僕がしてほしいのは、愛してくれる事!夢を捨てるとかじゃない!!」
「それが出来ないから、それが出来ないから俺の中の一番大事なものを潰すんだろうがっ!!!」

医者になる夢―――――――――――――― ―小さい頃から自分の中で一番大事だった。
――――――小学校三年の時、『将来の自分』という題の作文を書かされた。
俺は当然「医者に成るって」って書いた。「医者になって沢山の命を救う」って散々書きなぐった。
医者になれば弟の喘息も、兄貴のアトピーも簡単に治せると思い込んでいた。
医者を、魔法使いか何かと勘違いしていたのかもしれない。
――――だって、現実は・・・幼馴染の指一本治せはしない・・・・・・・のだから。
――――――それでも・・・それでも俺は医者に成ろうと想い続けている。
でも、捨てるよ、潰すよ・・・塚原、お前の為に。

「――――――アハハッ!アハハハッ!!実・・・結果それも"お人好し"だよ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・実・・僕ね・・・そんな夢とか捨てられたぐらいで"満足しない"よ。
僕は・・・ここまで落ちたら、とことん落ちる気でいるんだぁ〜落ちるところまでね。
僕はもう何も怖くない。だって何にもないんだもん」

――――――――――――翼がもげて、天使は堕天使に成り果てる。

「実、これから実は"全部の幸せを捨てる"んだよ!全部!!空にそう誓うんだよ!!
そして僕の事を永遠に忘れない!!ずっと僕に翻弄されて生きる!!そういう形で実は僕を愛していくんだよ!!
これからずっと!ずぅ――と!!」
「――――――――――――!!?」

――――――――――――これから、孔蛾は"本当の地獄"を見る、いや味わう。
――――――――――終わりの無いような・・・束縛地獄を。


「―――――― ―実、これから何時でも二人っきりだよ!アハハハッ!!あはっ!あはははははっははっ!!」


塚原は布団の中の残りの羽毛を、抉り取り、笑いながらパラパラと自分や孔蛾にかけまくる。





部屋の中は―――――― ―羽根の雨。




next
back

top


inserted by FC2 system