前頭連合野/46野のORIGINAL NOVEL

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※著作権は前頭連合野/46野の管理人、怪物の顔(鮭)にあります。





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二年前   春。





――― −‐―SPRING



その季節に相応しい音色が、観客の居ない広い演奏会場から窓の外の世界へと繋がって響いていく。

ヴィヴァルディの四季『春』

それが彼のテーマソングだった。



彼はその白く長い指で、モノクロの鍵盤を踊るように舞うように軽やかに弾く。
時には、自ら奏でるその音色に耳を傾ける。

――――――― −素晴らしい!

自画自賛した。

彼は自分の音色と演奏技術に過剰な自信を持っていた。

それもそのはず、なんせ彼は―――――――将来有望なピアニスト候補。

自分の才能に自惚れないわけが無い・・・・・・・。
素晴らしい音色は神をも涙を流すと言われ、奏でる彼の手は"天使の手"と呼ばれる。

自惚れれば自惚れるほど、天まで音を出せる気がする。

彼の名は塚原 麗。
名門音楽大学の才能あふれる生徒。
綺麗な一重が特徴で、坊ちゃん狩り風のショートカットを細やかに揺らしながら演奏する。
その姿は美しく、エキゾチックで謎めいていた。

塚原は今日も自分に酔いしれながら曲を奏でる。
これからやって来る、たった一人の観客のために・・・・。

そして――――――― −しばらく弾いていると、ドンドン!と誰かがドアを叩く。

「―――!?」



――――― −タン‐―



人が来たことに気づき、塚原は演奏を中断する。

そして「誰?」と少し上ずった声で尋ねると、
ドアの向こうから「――――――――俺だよ、孔蛾だよ!オイ、勝手に開けるぞ!」と聞きなれた低い声が返ってきた。

「!!――――― −実!いいよ、入って!」

塚原はその声を聞いた瞬間、嬉し過ぎて小躍りする。

「――――――――じゃ、開けるな」

――――――――ガタン。
ドアが開き、ステージに人が入ってくる・・・。―― ―コツコツと会場に靴音が響く・・・。
・・・・・現れたのは、四角い黒のフレーム眼鏡をかけ、黒髪をオールバックにしたインテリ形の青年。
―――――――孔蛾だ。孔蛾 実・・・・とって言っても彼は二年前の孔蛾 実である。

「お前また、あの曲弾いていただろ?」

何気なく孔蛾がそう聞くと、「そうだよ、ヴィヴァルディの『春』」と塚原は隠微に微笑み答える。

「きこえていた?」
「当たり前だろ、音は響くもんなんだから」
「実の為に弾いていたんだよ。てか、昨日もその前の日も一年前も毎日何時も、実の為に弾いていたんだよ」

塚原は日課のようにヴィヴァルディの『春』を弾いている。
どんな曲を弾くにも、必ずその曲を弾いてから予定の曲を演奏する。
その行為は彼の中かでは一種の"祈り"であり"まじない"であった。

「なんで?」と孔蛾が聞く。すると塚原はニッコリ笑って「だって、実この曲が好きでしょ?」と答える。

「―――――― ―俺好きって言ったっけ?」

塚原の言葉に孔蛾はぼんやりと考え、気抜けした様な顔でぼやく。

「言った」
「えっ?何時?」
「中学の時、音楽の授業で言っていたよ。"この曲はまんま春って感じで好きだ"って!」
「あー言ってそう、俺」
「言ってそうじゃなくって、言ったんだよ、実は」

塚原はクスクス笑い「実は春が好きだもんね、だからこの曲が好きになったんだろうね」と言って、鍵盤に指を置き演奏を再開する。

―――――― ―広がる鮮やかな音色が空間の全てを満たしていく。彼の満たされない心とは裏腹に。
――――――どうしてか、この青年の中では悲しい空虚だけが広がる一方だった・・・・。

「―――― ―あっ、ところで大事な話ってなんだよ?心配したぞ、あんな死にそうな声・・・」

孔蛾は肝心な事を思い出す。
昨日、携帯に突然塚原から電話かかってきた。
「―――――― −明日の日曜日・・・会って・・・・・大事な話があるんだ、お願い。
異空音楽会館で、ピアノ弾いて何時でも待っているから」と。
行き成りそんなことを言われ、「如何した!?」とすぐさま返事したかったが、電話はその第一声だけで切られてしまった。孔蛾は如何しようか迷ったが、塚原の声があまりにも震え怯えたようなものだったので、心配になり、無理して時間を割いて会いに来たのだった。

「・・・・・・大事な話、大事な話はね―――――― −あのね、僕またウィーンに行くことになったんだ」

塚原が答える。指は蝶が飛ぶように軽やかに動いて鍵盤を弾いているのに、口調は鉛みたいに重い・・・・。

「おお!凄いじゃないか」

孔蛾は幼馴染の吉報を素直に喜ぶ。

「・・・・でも、今度のウィーン行きは、留学じゃないんだ・・・」
「―――――― −えっ?じゃ・・・」
「向こうの一流音大に編入が決まった・・・・だからもう日本に帰ってこれない」
「それ、やったじゃないか!!お前凄いぞ!ウィーンの一流音大へ編入するなんて!
一気に夢のピアニストに 追いついたじゃないか!」

孔蛾は自分の事のように喜び、何度も塚原に「おめでとう!」と祝福の言葉をおくった。
しかし、当の塚原本人はうかない顔をしている・・・・。

「―――――― −どうした?そんな暗い顔をして・・・うれしくないのか?」
「・・・・・・・・」
「オイ?」
「・・・・」
「何か返事しろ!」
「・・・・・・」

―――――― −タン・・・

塚原は鍵盤からそっと指を離す・・・。パタリと音が止んだ。

「・・・・塚原」
「・・・・・・・・」

しばらく二人の間に長い沈黙が続く・・・・・・・・。
窓の外では、水色空を白い飛行機が音も無くゆっくりと突き進んでいた。
そしてその飛行機が、入道雲に隠れた頃ようやく塚原が口を開き返事をした。

「―――――― −うん、そうだよ。うれしくないよ・・・」と・・・か細い声で・・・。

飛行機雲が空に散って滲んでいく―――――― −

「――えっ?なんて?」

孔蛾が聞き返す。声が聞き取りにくい・・・・。

「・・・だから、うれしくないんだよ!!全然嬉しくないんだよ!! 本当はウィーンなんていきたくない!」

ダァン!!

塚原は怒鳴ると同時に、勢い良く立つ。そしてキッ―― −と孔蛾に顔を向ける。
そして凄い剣幕で息もつく暇も無いほど、怒鳴り散らす。

「うれしい訳ないんだよ!!向こう(ウィーン)に行けば僕はもう日本へは帰ってこれなくなる!
僕はそれが嫌だ!!誰にも負けないプロのピアニストを目指すなら、留学と違って一、二年の滞在なんてもんじゃない、
十年二十年は帰ってこない覚悟が必要なんだよ!!
別にウィーンじゃ不満だとか、ホームシックが心配だとかそんな修学旅行生が考える様な理由じゃないんだ!!」

「落ち着け!!塚原!!興奮するな!!血圧上がるぞ!」

孔蛾は塚原をなだめようとする、だが塚原の勢いは止まらない。

「わかる!?どうして僕がこれほどまでに日本に執着するか?過剰な愛国心なんてオチじゃないよ。
日本を離れたくないのは、日本に実が居るからなんだよ!!僕は実と離れたくないからなんだ!!!」

―――――――――――― ―塚原の眼が赤く充血している・・・・・・力みすぎだ。

「!―― −オイ!何だよ!なんだよ、それ!・・その理由!
そんな詰まらない理由でお前は、行きたくないと駄々こねているのか!?」

塚原の言葉に孔蛾はカッとし、そう叱咤した。しかし塚原は怯む事無く言い返す。
「―― −つまんなくないよ!!僕にとって実は全てだ!!実のいない人生なんて僕は死ぬ!!」と・・・。

「ふざけるな!!何が全てだ!死ぬだ!お前は親友の俺がいないと何も出来ないのか!?
甘えるな!!赤ん坊じゃあるまいし!いい加減巣立て!!
先の事がわからないから・・・不安で誰かそばにいて欲しいんだろ?
大丈夫だ!!お前ならやれる、何とかやっていける!もっと強くなってみろ!!」
「――――――違う!!僕は先の事が不安で実と離れたくないんじゃない!!」
「違わなくない!!お前は昔からそうだった、
寂しがり屋で優柔不断で何時も俺がいないと安心しないし何も決められない!!
ウィーンでそれ克服しろ!あの水島でさえ堂々と生きているんだから!お前なら軽く出来る!!」
「違う!!そんなんじゃない!!」
「そうだろうがっ!」
「違うってば!!」
「じゃー何なんだよ!!」
「――――――――――――僕は、僕は実を"愛しているから"離れたくないんだ!!!!」
「――――――!!?」
「僕は好きな人とは別れたくない!!」
「?――――――!!?」
「ずっとそばにいてよ!僕だけのそばにいてよ!!一生!!」
「!!?」
「僕は実の事が好きだ!大好きだ!!愛している!!」
「―――――!!!!?」
「ずっとずっと好きだった!!胸が張り裂けそうなぐらいずっとずっと想っていた!!!」
「―――――――!!!!!?」
「僕は実を愛しているんだよ!!!」
「―――――――――!!!!!!?」
「それをわかってよ!!!!」
「!!!!??」

何時しか言い合いになっていた二人だが、
塚原の思いがけない突然の告白に、孔蛾は驚いてどう言い返していいか分からなくなった。
ただただ頭がパニックになって戸惑うばかり・・・。

「――――― ―塚原本気か?頭打ったか?」

咄嗟に出た言葉が、その一言しか出てこなかった・・・・。

「・・・・・・・・・・・実」

塚原は静かになり、憂いを帯びた目で孔蛾をポツリと呼ぶ。
孔蛾は「――――― ―なんだよ」と一応返事する。しかし、動揺して塚原の顔を見られない。目を逸らす。

「・・・・・答えてよ、僕の気持ちに・・・」

塚原は孔蛾に答えを求める。際どい難題な質問の・・・・・。

「――――― ―本気か?本気の本気か?」
「本気だよ」
「・・・・・・・・・」
「驚くよね、突然で・・・」
「・・・・・・・・・お前、男を恋愛対象としてみているのか?」
「違うけど、そうだね・・・」
「それはどういう事だ?」
「・・・僕はね、男だけが好きとか女だけが好きとか、男も女も好きとかじゃなくって・・・"実が好き"」
「・・・・なんだそれ?わけわからんぞ!」
「・・・そうだね、僕も僕自身が何言っているかわからない。でも実の事を好きなのはわかっている」
「・・・・・・・・勘違いじゃないのか?長い間幼馴染として、親友としてそばに居すぎて、
友愛を恋愛と勘違いしているんじゃないか?違うか?」
「――――それは、それは違うよ。
だって・・・・僕は実と出会った時からずっと片思い―――――密かに恋してた」
「・・・・・・・・・・・そうか」
「そうだよ」
「・・・・・・・」
「だけど実は全然気づかない・・・・気づこうともしない・・・・・でも仕方ないよね。
僕にそんな事思われているなんて、まさかだもん。
わかってる!!所詮これは叶わぬ恋だって!だって孔蛾実にとって塚原麗はただの幼馴染で親友だもんね!」
「・・・・・・ごめん」
「謝らないで・・・・実は何も悪くないんだから」
「・・・・・・」
「・・・・ねぇ、質問に答えて―――‐それでも答えて・・・・」
「・・・・・・」
「僕の気持ちに・・・」
「・・・・・」

孔蛾は逸らした目の瞼をそっと閉じる・・・・黒くて長いまつげが下を向く・・・。
一分後、ゆっくりと瞼を開け「―――‐すまない、お前に恋愛感情は一切無い。
愛も、"永遠に"受け入れられない」とキッパリ告げた。キッパリ。

「―――‐やっぱり、駄目なんだ・・・駄目なんだよね!あ〜あ、振られちゃったアハハハッ」

塚原の目からポロポロと涙が零れる・・・・・零れた涙はベチョっと床に落ちて広がった。
・・・・・それでも孔蛾は目を逸らしたままで・・・塚原を見ない。凍ったような冷たい表情。
孔蛾は甘やかさない。
今、彼を甘やかせて優しい慰めの言葉の一言でもかければ、かえって傷つく事も知っているし勘違いもされる。
"無視"これが孔蛾に出来る精一杯の配慮だった。

「・・・・・・・でも僕だけじゃないよね、実を手に入れられないのは。
実は誰の物にもなってはくれない・・・・だって、だって実は"みんなの実"なんだもん」

塚原は涙を手で拭い、クスンと軽く鼻を鳴らす。
そして苦く笑いながら語りだす・・・・・・・。

「―――‐実がお医者さんに成りたいのも、"世界中の困った人達を助けたいから"だもんね。
将来は国境なき医師団に参加して活躍するんだよね!
傷ついて痛くって泣いている人を癒して、笑顔に戻したいでしょ?」

――――――‐傷ついて痛くって泣いている人を癒して、笑顔に戻したい。そして皆、幸せになればいい。
それが、孔蛾の理想みたいなものだった。将来の話になると必ずそれを言っていた。

「でもそれって、ずるいよね!!まるで絵に描いたような最高の偽善者じゃん!!
実は何時も自分中心に動かないで、皆を中心に動いている!!でも、本当は皆が実を中心に動いている!!悔しい!!
実は優しいけど誰にでも優しい!!それも親身になって!!何時も分け隔てなく平等にその暖かい手を差し伸べる!!
自分の命を削るように人の悲しみを削る!!みんなのメシア(救世主)!!
だから、実の中に"特別は存在しない!!"だけど僕は実の特別になりたい!!みんなと同じ平等なんてもう嫌だ!!
ねぇ?教えて、"人は特別を手に入れると平等の優しさを失うの、いや、平等自体失うの!?
"だとしたら、僕の中に平等なんてない!!いらない!!だって実が僕の心を支配していて、特別になってしまっているんだもん!!」

――――――‐なんだか、塚原の様子が変だ。
孔蛾は言い知れぬ空気を感じ、さっと視線を塚原に戻す。
そしてハッとした――――――‐塚原が尋常でないことに・・・。

――――――‐いつの間にか、塚原の手には刃渡り"40センチの牛刀"が握り締められていた。
鋭利な先端がギラリとおぞましく光る。その顔はまるで・・・・般若。

「―――!?塚原!!」

孔蛾は恐ろしい怪物でも見るような目で塚原を見る。

「危ない・・・そんな物持つな!!捨てろ!!怪我したら如何する!!」

衝動的に孔蛾は塚原の手から牛刀を取り上げようとする。
しかし、塚原は―――ブンッ!!と牛刀を空振りして「――――来るな!!きたら実を刺すよ!!刺すっ!!」と叫んで脅す。
孔蛾はその剣幕に気圧され、その場に踏みとどまる・・・。額からじわりと嫌な汗を滲み出す。

「――――――実・・・実はわかるよね?僕が執念深いって事。ワガママで言う事を聞いてくれなきゃ直ぐ
癇癪起こして聞いてくれるまで暴れ続けるって。切れたら、何するかわかんないって!!
ねぇ?叶えてよ!!僕のお願い!!」

塚原の体がわなわなと震える・・・短く鋭い犬歯を剥き出しにしてギリギリッ―‐ギリギリッ―‐と激しい歯軋りをする。

「――――――愛しているから、愛してよォオッ!!!!!」

――――――‐狂った愛の告白と、

「――――――じゃなきゃ、僕は暴れるっ!!実を刺し殺す!!!」

――――――‐卑劣な脅迫。

「――――――‐塚原・・・・頼む・・・無理なことを言わんでくれ・・・」

"それでも、孔蛾は塚原を受け入れなかった。"
孔蛾はその場にしゃがみ、顔を覆って頭を抱える。
苦しそうに「頼むから・・・もうやめてくれ・・・俺を愛しているって言うな・・・さっき言っただろう、
"永遠に受け入れられない"って」と掠れた声で諭す。

「・・・・・ほんとだ・・・本当に・・・受け入れてくれないんだ・・・何やっても、本当に・・・。
凄いよ・・・そんなに僕に好かれるのが嫌?死ぬの、惜しくないの?別に・・・本気で刺す気じゃなかったけど」

塚原はイラついた顔を曇らせる・・・。グランドピアノに寄りかかり、ギラギラする牛刀と虚ろな孔蛾を交互に眺める・・・。
そして緊迫した空気の中で、ぼんやりとした口調で喋りだす。

「――――――‐ねぇ、もういいよ・・・ちゃんと諦めるつもり。・・・やっぱり結果ずるいね・・・実。
なんだかんだで、一度口にした事は絶対に取り消さない・・・。しかも筋の通った事だから納得しちゃう・・・。
・・・約束だって、そう・・・"絶対守ってくれる"」

塚原はニタァと薄気味悪い笑み浮かべ、「実、僕と約束してよ。愛してくれない代わりに僕と約束・・・・・」と言う。
顔を伏せたままの孔蛾が、覇気の無い声で「・・・何の?」聞く。
塚原は「・・・実は、立派なお医者さんになるんだよね・・・じゃ、僕の"天使の手"に何かあったら治してくれる?
絶対ピアノが弾き続けられる手に治してくれる?」と深刻な顔して告げた。
孔蛾は「わかった・・・・」と返事し、顔を覆っている両腕の隙間から眼を覗かせ、
「わかった、わかったから、もうそんな危ないもの捨てろ!!」と言って塚原を睨む。「危ない」とも言う。

「・・・・・・・・危ない・・・・どっちだろう?僕と、刃物・・・。実、約束守ってよ」

塚原は左手をピアノに置き、牛刀を見てふと笑った――――――‐そして――――――‐
――――――――――――‐事件はこの台詞の一瞬の後に起こった。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――‐グサッ!!!!!
――――――――――――‐グチャ!!グッ!

あの飛行機が遥か白い雲の上を突き抜けた頃、牛刀は―― −塚原の白い左腕を見事に貫通し、引き抜かれた。
彼は、勢い良く牛刀を振りかざし、置いた左手を抉るように突き刺し、そして一気に抜いたのだ・・・・。





「――――――――――――― ―ギァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

塚原の断末魔が天と地獄に囀り響く。左手から赤い血液が湧き出た泉のように吹き出る。
その威力は凄く・・・塚原自身の顔にまで迸る。みるみる彼の白い手はより白く青白くなっていった・・・・・。
孔蛾が顔面蒼白で「――――――塚原 アァアアアアアアアアッ!!!!!」と叫び、ゆっくりと崩れ行く塚原を抱き支える。
塚原は意識が薄らぐ中、凍りついた孔蛾の顔をそっと見て、ニッ―と妖艶に微笑んだ―――――― ―祝福の笑み。
こんな形だが・・・愛しい彼に抱かれる幸福。

AB型の血液が白い手とピアノから滴り落ちて、ステージを血染めにする。

こうして――――――天使の手のピアノ演奏会は、一気に戦慄の惨劇と成り果てた。








***







「その後、塚原さんはどうなったんですか!?」
事を語る水島に、後ろで黙って聞いていた宇佐美が緊張した顔で聞く。

「・・・・・・」
「まさか、大量出血で死んだなんてオチ勘弁ですよ・・・」
「・・・・・・・・」

水島はしばらく無言の後、「塚っちゃんは、命は取り留めたけど"後遺症"が残った。
それも、ピアニストとして致命的な後遺症が・・・」と答える。
「――――どんな?」と更に宇佐美が聞くと、水島は重い口調で一言、

「塚っちゃんの左手の薬指は曲がらなくなった」と告げた。


自分で自分の左手を突き刺した塚原は、孔蛾の迅速で確りした応急処置の御蔭で命は助かったものの。
酷く傷ついた彼の左手は、神経を損傷させ・・・薬指が全く動かなくなった。



――――――そして第二幕、束縛の幕が開けた。






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