前頭連合野/46野のORIGINAL NOVEL

※ 無断転載等、持ち帰り等はしないで下さい。
※著作権は前頭連合野/46野の管理人、怪物の顔(鮭)にあります。





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「結婚ってもなぁ〜」

空に星達が光り輝く頃、孔蛾は傾斜20の細坂を下りながら一人呟く。
喫茶店をサヨナラした後、余った時間を漫画喫茶で潰したりしたが、どうしても結婚の事が頭から離れないでいた。
結婚すれば借用書が帰ってくる。NOと言えば金を支払わなければならない。難しい選択だ。
―――――――――― ―うあぁぁぁぁあっ!きっついなぁ――!!コレ!
借金チャラかぁ・・・・チビ(春日子)と結婚して借金チャラか・・・・借金チャラ・・チャラ、チャラチャラチャラチャラチャラチャラ・・・CHARA・・・CHARAはアーティストで浅野忠信の嫁・・・ってこれはチャラ違い――チャラ――― ―。
頭の中で「チャラ」というフレーズがぐるぐるする。しかも、途中訳わからない方向に進んでいる。
考えすぎて疲れているのだろうか?もしくは元々こういう人なのだろうか?

――― ―ドン!!

「!うあぁっ!!」
「―― −孔蛾さん!」

下を向いて歩いていたら、胸にドン!と何かがぶつかる。驚いて顔を上げたら、春日子だ。
気付かない内に孔蛾は春日子とぶつかっていた・・・。

「ウァ!何すんだよ!お前かよ!吃驚したーぁ!ぶつかってくんなよ、チビ!」
「何言っているんですか!孔蛾さんの方がボクにぶつかってきたんですよ!ちゃんと前見て歩いてください!」
「バカ!お前がチビだから俺の視界に入らなくって気がつかねぇーんだよ!チビ、小人!」
「失礼な!小人にもボクにも謝ってください!そもそも、ボクは気がつかないほど小さくないです!
孔蛾さんがガリバー並に大きすぎるんです!だからカヨ子さんに言われるんですよ、この役立たずのノッポ!って!」
「オイ!バカ!そっちのほうが失礼だろ!ガリバーと俺に謝れ!今直ぐここで謝れ!」
「謝って欲しいのはボクです!」

身長188cm23歳の男と身長146cm16歳の少女がいがみ合う。
身長差42cm年齢差7歳とそれなりの差があるのにもかかわらず、幼稚さはほぼ一緒!

「だいたい、何でお前がこんな時間にこんな所を?7時だぞ、ガキは飯食ってテレビ見る時間!」

孔蛾は填めている腕時計をはずし、文字盤の所をチラチラと春日子に見せ付ける。

「こんな時間にこんな所を?って、ボクはカヨ子さんが昼間出し忘れた割烹着をクリーニング屋さんに出しに行っていたんです。
それより、孔蛾さんこそ何をやっているんですか?」
逆に聞き返され孔蛾は一瞬「うっ!」と息を詰まらせるが、

「会ったことは言うな」という今井との約束があるので「散歩だよ、散歩!」と荒ましに答えておいた。
すると春日子にニヤついた顔で、「お店サボってですかぁ?」と嫌味を言われた。
孔蛾は「店は昼間までだったの!」とピシャリと言い返してやったが「本当ですかぁ〜」と返ってくる。
全然まったく信じてくれない。

「―――ホントだよ!」
「うそ!孔蛾さん仕事中何時もズルして手を抜いているくせに!!」
「してねぇーよ!!」
「だから、ついにサボったんでしょ!?」
「だから、サボってねぇーの!!」
「うそだぁー!」
「ウソじゃねぇー!!」
「嘘!」
「お前しつこい!」
「絵理加先生が言っていました、嘘をつくと閻魔様に舌抜かれるって!!」
「ホントだから舌抜かれない」
「それが嘘!」
「あ゛――――っ!うぜぇ―― !ホントだよ!!!」


ドゴッ!!!―― −ガシャン!!


孔蛾はどら声を張り上げて、坂下にあるコインランドリーが置いている看板を、本気で蹴り飛ばした。
数メートル先で『お気軽にご利用ください。コインランドリー藤田』と書かれた看板は無残にぶっ倒れる。
おまけに孔蛾の蹴りのせいで中央がベコッ!と見事に凹んでしまっている。これは凄い・・・。


「―― −!!」

ハッと我に返るも遅し、散々な状態になっている。春日子は驚き、怯えた目をしてじっとこっちを見ていた。
孔蛾は普段ワガママや文句は言うけど、絶対に人を怖がらせたりするようなことはしない。見たこと無い。
だけど、今日はじめて春日子は彼の突然切れる姿をまのあたりにした。それも本気の。

――――― ―こんなつもりじゃなかった、ついカッと血が上ってしまった。ウソだ。これ俺じゃない!
「・・・俺じゃない!俺じゃないんだ!これ俺じゃないんだ!こんなの俺じゃないんだ!!」

呆然としている春日子の肩を痛いぐらい掴み、
必死で「ごめん、ごめん!ごめんな・・・怖かったね、ごめんね、ごめんね!本当、ごめんね!!もう二度とこんなことしないから、絶対にしないから!!怖かったね、こんなんじゃないんだ、オレ。許して、許してください!」と何ども謝り続ける。
尋常ないくらいな、しつこい謝罪。震えた声でいる。
疑われたことで突如切れた孔蛾、信じてもらえない事と誰かを傷つけるという事に何か彼は"強烈なトラウマ"があるようだ。
普段下らない疑いをかけられてもこうはならないのに、今日はじめて怒鳴って看板を蹴った。
胸の奥に無理やりしまい込んでいる苛立ちが突発的にどっと出てきてしまった。それもほぼ無意識に。
もし、さっき蹴ったのが看板じゃなくって人だったら・・・・いったいどうなっていただろうか。厚さ数ミリとはいえ鉄板を凹ませた。
春日子を蹴り飛ばしていたら、彼女を内臓破裂させていたかもしれない。こわい。信じられないくらい自分が怖くてたまらない。

「・・・・・だ、大丈夫ですよボク」

震えている孔蛾の背中を優しく撫でながら春日子はそう言った。
春日子の「大丈夫」の言葉を聞いて孔蛾は落ち着きを取り戻す。強く掴んでいた彼女の肩をそっと放した。

「・・・ごめん」

孔蛾はまた「ごめん」と謝り。下を向いてしょげた。

「だからボクは大丈夫です。もう平気です。それより・・・如何したんですか?そんなに・・・」
「・・・ヤベェ〜看板やべぇー!どしょ――!」

気にかけてくる春日子に心配してほしくなくって、孔蛾は話をさえぎる。

倒した看板を元の位置まで戻し、凹んだところは仕方ないので「修理代」とか言って財布から2万円を抜き取り、
「すいません」の一言を裏に書いたレシートと一緒に看板の下にはさんだ。

「マジ人見て無くってよかった――!」

そして「ふぅっー」とか言いながら額の汗を笑顔で拭う。なんか一仕事やりましたよ。みたいな。

「孔蛾さん・・・・」

春日子は、その見事な後始末と金(2万)で何とかしようという解決策に、呆れた。

「―― ―よし!」と言いその場から逃げだす孔蛾。
「何かよしだ!置いていかないで下さいよ!
今見つかったらボクがやったと思われるじゃないですかぁー」と叫びながら春日子は孔蛾を追っかけた。







***







「!―― −あれ?アレ、宇佐美じゃねぇ!?」

走っていた孔蛾が突然止まる。おかげで追っかけている春日子が追いつく。

「―― −はぁ〜やっと追いついた」と一息つく春日子に、孔蛾は「オイ、宇佐美がいるぞ!あれ宇佐美だよな!」と話し掛ける。

「へぇ?宇佐美くん?どこ?」
「ほら、そこ、前だよ前!直ぐ前!」

どこだと聞く春日子に孔蛾は目の前を指差す。そこには廃墟となった2階建ての建物が・・・。
その廃墟の一階部分を宇佐美は覗き込んでいた。

「―― ―うわっ!本当だ・・・宇佐美くん。でも何で、こんな所に?ここ有名な幽霊屋敷だよ!」
「―― ―へっ!幽霊屋敷ぃ?」

孔蛾はここに来てまもない(三ヶ月前までは別の遠い町に住んでいた)からわからなかったが、
実はこの廃墟、ここいらじゃ有名な心霊スポットで。
女の影や不気味な物音が聴こえると言う。そんな噂のせいで、近所の人は気味悪がって昼でも近寄らない。

「げっ!まじかよ、それ!」
「ほんと何で宇佐美くんが・・・」

だが、宇佐美は堂々と廃墟に踏み込み中を覗き込んでいる。
「取り敢えず、話し掛けてみよっか?」と何気なく孔蛾は言う。
「でも・・・」と躊躇う春日子に「気になるだろ?」と囁く。誘惑に負けて「凄く気になります」と答えてしまった。
じゃー行くしかないと二人は『立ち入り禁止』の看板を無視し、柵を越え堂々と廃墟に踏み込む。
「これって立派な不法侵入ですよね?」と今更なことを言う春日子に、
「もー遅ぇーよ、おせぇーおせぇー。なんかあったら逃げろ逃げろ、逃げたもん勝ち、逃げるが勝ち」とぼやく。




「―- −こんな所で何やったんだよ!ウザミ!ヴザみぃ〜」

宇佐美の覗き込んでいる後ろ姿を確認すると、孔蛾はポンと肩を軽く叩く。
すると「うわぁっ!」と驚いて、宇佐美が振り返った。
しかし、「うわっ!!!」とおどかしている側の二人が声をあげて驚く。一体如何してだろうか!?

「!何ですか!?おどろかせないで下さいよォ!心臓止まるかと思った!!あっ――吃驚した!!何事かと思ったよいきなり・・・。
何で二人がここに!?てか、僕は宇佐美です。う・さ・み!嫌がらせですかウザミって!
それとも漢字も読めないほどの頭の弱さなんですかぁ〜?栄養が全部図体にいっちゃたんですかぁ〜?」
「・・お、オイ!お前その眼鏡どした!?」

嫌味も気にせず、孔蛾は必死に宇佐美の顔を指差す。宇佐美はとても変な眼鏡をかけていた。
さっき孔蛾と春日子が驚いた原因はこれである。

「!えっ?これですか?」

宇佐美はかけている眼鏡を指差す。ハート形のフレームでどぎついピンク色がペースの、なんともいえないデザイン・・・・。
子供のおもちゃみたいだ。いや、子供のおもちゃならまだカワイイが、どうしてかこの眼鏡はカワイクない・・・まったく。
正直引く。なんだろう。文で説明できないダサさ。

「どこで買ったんだよ!だせぇ――!趣味悪ィ〜!!うぜぇ―似合わねぇ――ぷっ!ぷっははハッ!ウケる!」


眼鏡と顔のあまりの不釣合いに、たまらず孔蛾が笑う。
これはいけないと「孔蛾さん!」と春日子が言うが、孔蛾はスイッチが入ったようで、大笑いしている。

「うさみぃ〜やっぱお前はウザミだよ!ウゼェ〜のウザミ!うははっ!!」

もう、笑いすぎて腹が痛い。

「・・・・フン!低レベル」

宇佐美はこんなバカ相手するほうが無駄と言った風で、笑われても孔蛾に取り合わない。
これは上流階級者の意地であろう。

「・・・それ、どこかのブランド物ですか?すごい・・・凄い、デザインですね!」

笑っている孔蛾が申し訳ないと思ったか、春日子は眼鏡のことを褒めてみる。
だけど、どうしても「凄い」以外の言葉が出てこない・・・・。

「いや、違う、ブランドじゃないと思う。
眼鏡にメーカー名は書いてあったけど"コッペリウス"なんていうメーカー知らないし・・・というか、
こんなカッコ悪いデザインの眼鏡なんてそもそも売れない」 「何だよ!カッコ悪いって自覚してんのかよ!」

思いっきりな事を言う宇佐美に笑っていた孔蛾が突っ込む。

「じゃー何で、そんなダメ眼鏡買ったんだよ!ウケ狙い?」

御もっともな質問。

「ああ、そうだよ!パーティー用に買ったんだよ!!じゃなきゃ買わないよ!こんな眼鏡!」
「まじかよ!うはははっ!!プハッ!どこで買ったんだよ?」
「・・・街の路地だよ!一週間前パーティーグッツ買いに出たら、丁度見つけたんだよコレ!」
「なに?買わされたのお前?」
「買わされたんじゃなくって、買ったの!広げたトランクケースの中で一番目立って面白かったから買ったの!」

宇佐美はパーティーグッツの一つとして、たまたま目に付いたこの眼鏡を路上で購入したそうだ。

「いるよなぁー路地でトランク広げてアクセサリーとかライター売っている外人」
「・・・いや、日本人でしたよ。僕が買った所は・・・・そう珍しいことではないと思うんですが・・・売っていたのは日本人でした。
髪の長い綺麗な顔した、紳士気取りの男」 「―――――髪の長い綺麗な顔した、紳士気取りの男?」

ピクリと孔蛾が反応する。髪の長い綺麗な顔した、紳士気取りの男・・・この前遊園地で出会ったあの男と特徴がよく似ている。
観覧車で自分をせせら笑い死者を冒涜した・・・あの男。
まさか!と思うが、怖くて「その男は具体的にどうだ」と聞けない。

「そう、それで、その男が眼鏡を買った僕に『変わった眼鏡でしょ?オランピアの眼鏡っていうんですよコレ!これをかけて二丁目にある幽霊屋敷に行って覗いて見なさい。 すると、素敵な事があるから』って言ったんだよ。だから興味本位でここへ・・・・」
「確かめにきたのか?」
「まあ・・・・」

好奇心が強い宇佐美はいてもたってもいられず男の話を確かめに、
こうして眼鏡をかけて廃墟に踏み込んだという訳だ。

「それより、あなたたちはどうして此処へ?」
「俺たちは、たまたまここを通ったらお前の後ろ姿を見つけて、それで声をかけたんだよ」
「なんだ、そんなことか」
「・・・まあ、そんなもんだよ」

宇佐美は理由を聞くと少し嬉しそうな顔を見せた。自分ことを気にかけてくれた事が嬉しかったのだろう。
「てっきり心霊スポットの肝試しで来たと思った」と呟く。

「で、なんかあったか?幽霊屋敷は?」

そう言って孔蛾は宇佐美を押しのけ、廃棄の腐ったドアの隙間から中をそっと覗く。
中は湿気ていてホコリ臭いし薄暗く何だかよくはっきり見えない。
頼りといえば小窓から唯一差し込む月光ぐらいだ。
闇にまじって何かが揺れ動く。カタカタと妙な音も聴こえる。ようやく暗いのになれてきた孔蛾は眼をこらえる。
すると、月光の中を何かが揺れ動いている。白光が淡くその正体を照らす・・・・。
その瞬間、「――― −!?うぎゃぁぁぁぁあっ!!!」と孔蛾は大声で叫び、
目にもとまらぬ素早さでドアから逃げ去り春日子の後ろへと隠れる。
大きな体を縮ませガクブルと震える孔蛾に「!ど、如何したんですかぁ!?」と春日子は慌てて聞く。

「で、出た!でで、でっでた!」
「えっ!でたって何がです?ま、まさか幽霊!?」
「ちっ、違う多分違うっ、でもそうかも!なっ、なんか動いている!カタカタ動いているんだよ!」
「えっ!?何が?」
「まっ、マネキン!マネキンが動いているんだ!!マネキンが!動く筈の無いマネキンが!!動いてるっ!」
「!えっ――― −!!」

信じられない孔蛾の言葉に思わず春日子は声を上げた。
あの薄闇で孔蛾が見たもの・・・・それは月光に照らされてカタカタと揺れ動く不気味な"マネキン"

「そ、そんなことって!!」

たまらず春日子も腐ったドアの隙間から中を覗く。しばらくすると孔蛾と同様、彼女も悲鳴を上げた。

「!ま、ままま、マネキン!!マネキンが動いているっ!!動いているよォ!!」

よほど怖かったのだろう。涙声だ。

しかし宇佐美はパニックになってワーワー騒ぐ二人を見てもキョトンとしている。
それに気付いた孔蛾は「お前!よく平気な顔してあんなの覗いていたな!!」と言う。
すると宇佐美は「え?何が?」と返してくる。

「マネキンが、マネキンが動いてるんだぞ!」
「アハハ!何言ってるんです、暗いから勘違いしているんです!彼女はマネキンなんかじゃないですよ!生身の人間!
オペラを歌いながら竪琴を弾いて踊っているじゃないですか」

宇佐美はドアを半分以上開け、「ほら!」と二人に中をよく見せる。
街灯の光が中に差し込み、廃墟内はぼんやり色めく。
朽ちた白い壁、染みて腐っている天井、散らばっている木片、古い冷蔵庫に見たことも無い機材・・・など大体のものは把握できた。
そして腐った赤いビロードの絨毯の上で、一体の薄汚れたマネキンが弦の無いハープを手にしてカタカタと踊っている。
着飾った白いドレスは所々黄色く変色しているし、酷くよれてほつれてもいる。
マネキン自体はデパートの婦人服売り場でよく見かける、有り触れたマネキン。
ただ背中にはピカピカ光る大きなゼンマイが付いている。これが"踊る原動力"なのだろう。
踊るマネキンの周囲には同じマネキンの胴体や首、手足だけの残骸が散らばっていた。
この不可解な光景に孔蛾も春日子も唖然とし息を呑む。

「こっ、こんばんは!素敵な音色と歌声ですね!」

どうしたことか、マネキンに宇佐美は話し掛ける。ポッ――と淡くピンク色に頬染めて。

「宇佐美・・・・」
「・・・・宇佐美くん・・」

それにドン引きする春日子と孔蛾。

「いきなり押しかけてしまってごめんなさい!夜中の廃墟に人がいたもので、つい覗いてしまって・・・あっ、気付いていませんでしたか?
すいません。ドアも行き成り開けて・・・ドッキリさせてしまって・・・。えっ!気にしていない?本当ですか!よかった〜」

マネキンはカタカタ音を立ててクルクル回っているだけなのに、宇佐美はまるで会話をしているようだ。
孔蛾は如何したことかと「―――宇佐美、お前マネキンと何話してるんだ?」と聞く。
すると宇佐美は「―――はっ?マネキン?」と聞き返し、「何訳わかんないことを・・・」と孔蛾に冷たい言葉を浴びせる。

「おい、宇佐美!確りしろ!!勉強しすぎて頭おかしくなったのか!それとも高熱で!」

たまらず孔蛾は宇佐美の額に手を当てて、熱が無いか測りだす。

「ああっもう!やめて下さい!何するんですか?僕に熱なんてありませんよ!!
あのね、孔蛾さん悪ふざけもいい加減にしてください!」

宇佐美は自分に熱など無いと言い、孔蛾の手を押しのける。

「――― −ああそうですか、だからこんな所で練習していたんですか。大変ですね、オペラ歌手も」

物言わぬマネキンと宇佐美は取り憑かれた様にベラベラ喋り続ける。もちろん聞こえるのは宇佐美の独り言。
あまりにも自然体ななので、自分の方が、熱があるんじゃないかと孔蛾は自分の手を自分のおでこに当てる。
無論熱は無い。

「二人とも、彼女が一曲何でも弾いて歌って踊ってくれるって!何がいい?」

宇佐美はマネキンにリクエストを求められた様だ。

「・・・宇佐美!マジお前おかしいぞっ!!マネキンが喋るか?歌うか?曲弾くか?踊るか?
あのでかいネジで動いているから踊って見えるだけ!
百歩譲って一曲弾くって言っても、持っているあのハープには一本も弦が無いじゃないか!」

孔蛾は弦の無いハープを何ども指差し真剣に怒鳴った。

「そうですよ!そもそも、マネキンなんかに人間のやることはできません!」

春日子も孔蛾の真似をして指をさす。

しかし宇佐美は「何言ってるんですか!?今も弾いて歌っています!!何よりも彼女は人間じゃないですか!
さっきからマネキンマネキンって、彼女のどこがマネキンだって言うんですか!?
どこをどう見ても彼女は人間です!二人とも頭大丈夫ですか?」と強く否定し反発する。
どうしてであろうか?おそらく宇佐美にだけ、マネキンが人間に見え、声が聞こえ、会話が出来るのだろう。
ハープの音色も彼だけに聴こえる。

「・・・・春日子、今何時だ?」
「8時58分」
時間を聞かれ、春日子は孔蛾の手首を掴み時計を見る。

「もうあと2分で9時になる!ガキは歯を磨いて寝る時間、帰るぞ!」

孔蛾は宇佐美の腕をぐいっと掴み外へ連れ出そうとするも、
宇佐美は「嫌です!やめて下さい!」と叫び、酷く暴れて抵抗する。

「コラ!大人しくしろっ!!お前はデパートのおもちゃ売り場で、買って貰えないとダダこねている幼児か!」

あんまり動くので孔蛾はボコッ!と宇佐美の頭を一発殴った。

「――― −いっだぁあっ!!いっ・・痛っ!」

脳の隅まで痛みが響きジンジンクラクラする・・・・。除夜の鐘の気持ちがよくわかる。

「ほら!行くぞ!こんな所に何時までいたって仕方ないだろが」

力の抜けた宇佐美を強引にドアの外まで連れ出す。
春日子は孔蛾を「無茶苦茶だこの人・・・」と思ったが、手っ取り早い作戦はコレしかなかったと思う。

「―― ―放してくださいっ!放してくださいっ!放せバカっ!!この怪力野朗!僕を誰様だと思っている!
俳優宇佐美純一の息子、宇佐美純様だぞ!!祖父は自治会長やってるんだぞ!僕も誇り高い名門高校の副会長だぞ!!
しかも美形で賢い! 素晴らしい将来を約束されたこの僕を傷つけていいと思っているのか!?コラ放せ!放さんか!愚民!!」

無事(?)外に連れ出せたはいいが、宇佐美はまた暴れ出す。
散々喚いてうるさいので、孔蛾は怖い顔して「オイ!バカ、そんなに暴れると腕千切れるぞ!!」と脅してやった。
するとピタリと宇佐美の口と動きが止まる。

「・・・ほら、家まで送っていってやるから案内しろ!」

そう言って孔蛾は宇佐美を道路に引っ張る。

「・・・・」
「ほーら!」
「・・・・」
「家を教えんか!」
「・・・・下品な愚民の世話なんかに誰がなるかっ!」
「!―― −オイ!あっ!」

孔蛾の力が緩んだ隙に、宇佐美は走って逃げる。
「しまった!」と思い追いかけようとするが、すでに遅し。宇佐美はあっと言う間に角を曲がって見えなくなった。もういない。
「宇佐美く〜ん!宇佐美く〜ん!まってぇ――−!」と春日子が叫ぶも、空しく声が辺りに響くだけだった。




「・・・・あいつ、ちゃんと家帰るのかな?」
「さあ・・・どうでしょう・・」
「・・・あとあいつ、やっぱり色々ウザイな・・・・」
「・・・・・」
「もう、とっくに9時過ぎてるんだろーな・・・」
「―― −あっ!クリーニング出したら直ぐ帰ってくるって言ったのに・・・カヨ子さんに怒られる」
「俺も怒られる・・・・直ぐ帰ってくるって言ってないけど」
「・・・・」
「・・・・星綺麗だな」
「・・・うん」

二人は気抜けしてしばらくその場に立ち尽くす。そして、夜空を見上げて帰った。



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