前頭連合野/46野のORIGINAL NOVEL

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※著作権は前頭連合野/46野の管理人、怪物の顔(鮭)にあります。





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翌朝、春日子と孔蛾は見慣れない雑居ビルの前に立っていた。

「よかったです、ちゃんと孔蛾さんが起きてくれて」

春日子はニッカッと笑い、笑窪を見せる。昨日の心配事が無時解決したのでスッキリして爽やかな気分。

「・・・俺は起きたんじゃねぇーの、無理やり起こされたの!強制的に起床させられたの!」

一方、孔蛾は酷くカリカリしていた。目の下にはクッキリとクマが出来ている。
2時間しか寝ていない。
昨晩「夜更かしして、絶対に寝坊してやる!」と浅知恵を働かせて計画したのはいいが、
そんなものは明日になると無意味で、予定は確実に執行され朝7時に孔蛾はカヨ子に叩き起こされたのだ。
不機嫌な孔蛾を連れ、春日子はビルの中へと入っていく。
ビルの中は薄暗い上にエレベーターが無い。上に行かなくてはならないので階段を使うが、階段は横幅が非常に狭く傾斜も酷い。
孔蛾は「どんな設計してんだよ!」と文句を吐く。春日子は「四階までだから、あと一階だけ頑張ればいいんです」と苦労が残り少ないことを知らせるが、息を半分切らしてゼイゼイいっている。 キツイ思いをして二人はようやく目的の四階、このビルの最上階にたどり着く。
春日子はドアの前で乱れた息を整え、一呼吸すると「――――― ――すいません!ごめんください!お手伝いに来ました小国と言います!ドア、開けてもらえませんか?」と声を張って言った。
すると、しばらくして「は〜いっ!」という返事と共にガチャンとドアが開く。

「どうぞ、入ってください」

中から若い女の人が出迎えてくれた。二人はすごすごと中へ入る。
中は薄暗い階段と違ってパッと明るい。 春日子は「あの、小森さんはいますか?」と尋ねる。
女の人は「ええ、います。今、呼んできますね」と言い、 散らばっている小道具や練習をしている劇団員でごった返している中を突っ切っていく。 そしてほんの少し経つと女の人は、若い男の人を連れて戻ってきた。

「すいませ〜ん、僕らの劇のために手伝ってくれるのに出向かいもしませんで」

若い男はそう言うと申し訳なさそうに何度も頭をペコペコと下げる。
その姿に春日子は「いいんです、気を使わないで下さい。
手伝うのはボクからお願いしたみたいなものですし」と謙虚に答えた。

「――― ―ところで、そちらの方は?」

若い男は、春日子の隣にいる孔蛾を見る。

「一緒に手伝ってくれることになった、孔蛾さんです。ボクがお世話になっている肉屋さんの従業員さんです。
ボクとは知人以上友達未満の人です。文句やワガママが多い人ですが、言われればちゃんと動く人なので使ってあげて下さい」

春日子はペラペラと孔蛾について喋った。

「・・・どうも、知人以上友達未満の孔蛾です」

やる気は無いが、取り敢えず挨拶を済ませる孔蛾。

「どうも小森 夢一郎です、よろしくお願いします」

若い男こと小森 夢一郎は爽やかに名乗る。白い歯がキラリと光った。
小森を呼んで来てくれた若い女の人は「私は新井です」と自己紹介をする。

「あの、ボクたち何をお手伝いすればいいのでしょうか?」と春日子は新井に自分のすべき作業を聞く。 新井は「小国さんは私と一緒に道具の整備を、孔蛾さんは背景セットの組み立てをお願いします」とにこやかに答えた。
小森 夢一郎の所属する劇団『ドリームチルドレンズ』は高校生と大学生を中心としたアマチュア劇団だ。
劇団員10人で細々と活躍している。
彼らの普段の活動は公民館や福祉施設などに呼ばれ劇を演じているのだが、演技の熱心さと情熱が評判を呼び、
なんと地元の大きな遊園地から「うちのステージショーで演じてみないか」と声をかけられたのだ。それまで細々と活動していた劇団にとっては大変な大舞台である。 この吉報をものにした彼らは、何時も以上に気合と根気を込めて稽古に励み演技に磨きをかけていた。
公演まであと一日、切羽詰った稽古場にはピリピリとした空気が漂う。
「――― もっと今以上の自分を見せてみろ!」だの「緊張してセリフ噛むなんて奴は外へ出ろ!」だの「お前らの限界なんて限界じゃねぇー!甘い!仕上げだからって油断するな!」だの、厳しい言葉が飛び交う。ドライバーセットを運んでいた孔蛾にも「なにチンタラしてんだ!そこのノッポ!とっとと、こっちに持って来い!」と容赦なく、怒鳴る。孔蛾は「はい、すいません!」と目に薄っすら涙を浮かべ大きな声で返事をする。団員でもないのに手荒い扱いを受けていた。稽古場の隅の方では春日子が黙々と作業をしている。周りの声なんて一切聞こえていない。彼女は一度集中したらその世界にどっぷりとはまるタイプなのだ。ミジンコの研究とか一生続けてそうなタイプ。

「お疲れですね、これどうぞ」

壁へ身を寄せている孔蛾に小森がペットボトルのお茶を差し出す。
忙しいが、今はお昼休み。ほんの一時の休憩だ。

「・・・かたじけない」

孔蛾はお茶を受け取ると早速キャップを開け、口をつけた。
その姿は合戦場からやっとこさ抜け出した足軽兵みたいだ。

「本当にあなた達には感謝しています、大島さんと同じクラスでよかった。大島さんだけなんですよ、教室に僕が貼った『劇団の手伝い募集』の知らせを読んで、やりますって声かけてくれたの。あっ、隣失礼しますね」

小森は、近くにあるオレンジのイスを持ってきて孔蛾の隣に腰掛ける。

「大島さんと同じクラスでよかった。って、小森さん高校生?」

自分と変わらないぐらいに見えたので、孔蛾は小森を大学生と思っていた。

「ええ、そうです高校一年です」
「・・・高1にしては少し落ち着いていらっしゃる」
「ああ、高校生といっても僕は大分ダブってるって感じで、歳は19ですよ」
「えっ!高1で19・・・って。まぁ、いまどき別にそう珍しくもないか」
「僕は途中で高校を何度か替えたり、留年や休学をしていましたから。今行っている所は定時制高校ですから年齢層が幅広いし僕と似たような人も結構いるので楽です。孔蛾さん歳は?」
「俺は23です」
「大人ですね」
「まあ・・・そうですね。成人式はとっくに過ぎたし」

孔蛾は三年前の一月を思い出す。成人式の前日まで、親とスーツにするか袴にするかもめて喧嘩になった。
そして結局、袴を着て当日式にでたのだが、記念撮影が始まるからと急いで走ったとき、袴の裾を踏んでこけるという惨めな失態をした。 しかも、その現場を友達の水島に写メ(写メール)で激写され、水島の付き合っている彼女に送信されるという屈辱も味合わされた。今でもこれは忘れない事件である。

「僕、誕生日なんです。大事な晴れ舞台の次の日」
「えっ、じゃあ小森さん明後日で二十歳になるんですね。大人の仲間入りじゃないですか」
「・・・孔蛾さん、ボクの服装見て何かわかります?」

小森は突然そう言うと両手を広げ、あれこれポーズをとり、着ている衣装を全体的に孔蛾に見せる。
羽根の着いた濃い緑帽子に緑の上下の服、そして薄い緑のタイツをはいて腰には短剣。
孔蛾は「ピーターパン」と直ぐに答えた。

「そうです、ピーターパンです。僕は明日やる『ピーターパン』の主人公を演じます」
「主役とは、そりゃすごい」
「嬉しかったです、この役を勝ち取ることができて。なんせ僕はピーターパンに憧れ続けてきたのだから」
「そうですか、憧れですか」
「ええ、ピーターパンは大人に成りませんから」
「あっ、ピーターパンシンドロームってやつですね!」
「そうです。大人になることを拒み、現実世界を逃避する症候群。僕は大人には成りたくない。大人に成ればたちまち自由を奪われ、窮屈な社会へと放り込まれます。そして嘘ばかりつき、あっという間に魂は汚れ、見えるものも見えなくなってしまう。自分の概念と勝手な意見を押し付ける。疑い裏切る。人を傷つけてまで利益を得る。うわべしか知らなくなり誰も信じなくなる。本当は何も知っていないのに知ったふりをする。まさに裸の王様です。欲にまみれた人間は全部大人ですよ。恐ろしい生き物です。しかし、子供は違います。子供は裸の王様に裸だと言える正直者です。何よりも自分に正直で純粋です。存在自体清らか。まるでピーターパン」


大真面目に語る小森に、孔蛾は頭が痛くなってきた。

「・・・なんか、深いこと言いますね」
「そうでもありませんよ。ただ僕は大人には何の希望も抱いていないと言いたいだけですよ。大人に成るということは果てしない"絶望の始まり"です」
「ほら、でも何時かはみんな大人になるんだから、そう卑下しなくっても・・・」
「僕は成りませんよ、大人には。孔蛾さん、あなたは大人にならない方法を知っていますか?僕は知っています。"悪魔と取引"をして教えてもらいました。ネバーランドへのキップを手に入れる方法を。僕はピーターパンです。空飛ぶピーターパン。ピーターパンは大人には成りません。子供のままです」


小森は真顔でそうキッパリ言うと、すくっと、イスから立ち上がる。そして稽古をしに戻ってしまった。
孔蛾は唖然とした顔をして「何、今の・・・」と呟く。その時、時計の針は一時をさしていた。休憩時間が終る。皆それぞれの作業にもどり、そのあと夕方過ぎまで仕事を進めた。








***







「ちょと、アンタ邪魔だよ退いて頂戴!」

入り口の前でグッダリと横たわっている孔蛾に、カヨ子は怒鳴る。
カヨ子の両手は大きな土鍋で塞がれていた。
孔蛾は怒鳴り声で目を覚まし、のそりと上を振り向くと「・・・・妖怪二重アゴ」とカヨ子の顔を見て言う。
「誰が妖怪だって!」カヨ子はさっきより、より一層で大きな声で怒鳴った。そして「そこで寝るな!通れない!」と言うと、
右足でドカ!と孔蛾の横腹をキックする。「―― うげっ!」と孔蛾はうめき声を出し、芋虫みたいにゴロゴロと転がる。

「なにすんだよ!」
「アンタが邪魔なんだよ」
「せっかくさっきまで面白い夢を見ていたのに・・・」
「どうせ、くだらない夢だろ!」
「馬鹿!違うよ!俺の親戚に佐藤B作に激似のおじさんがいて、そのおじさんが正月の御節に入っている伊勢海老をザリガニって言い間違える夢だよ!」
「ほら、くだらない」
「何でだよ!そのあと俺の四歳になる甥っ子が、佐藤B作に激似のおじさんに『違うよ、これはロブスターです』て、二アピンな突っ込みを入れるんだぜぇ!面白くねぇ?」
「あんまり」
「・・・・・」
「・・・・しょうもない話は置いといて、さぁ、夕飯だよ」

カヨ子はちゃぶ台にドンと鍋を置く。

「今日は鍋ですか。何の鍋ですか?」

春日子はワクワクしながら鍋の中身を聞く。

「蟹鍋だよ!うふふ♪」

カヨ子は満面の笑みで鍋のフタを開ける、するとファ〜と白い湯気が一気に立ち昇った。

「蟹って、蟹カマじゃねぇの?」

「蟹」という言葉に反応して孔蛾が起き上がる。

「失礼だね!れっきとした蟹だよ!カニ蒲鉾じゃないよ!いいんだよ、別にアンタは食べなくっても」

あらぬ疑惑をかけられ、カヨ子は孔蛾の分の食器を片付けようとする。
孔蛾は鍋を覗き慌てて「蟹です!美味しそうな立派な蟹です、食べさせてください!」と必死に頭を下げていた。

「今日お手伝いした劇団の公演、明日なんです。ボク、チケットを貰ったので遊園地に行って観に行きます」

春日子は美味しそうに蟹をしゃぶりながら言う。

「蟹うめぇ〜!」

なんとか「食べて良い」と許可を頂いた孔蛾も蟹に食らいつく。
昨日が魚肉ソーセージカレーだっただけに、より一層美味しく感じる。

「孔蛾さんの分もあるから一緒に行きましょう」

春日子は、何時も肩からさげているお気に入りカバンからゴソゴソと遊園地の入場券を一枚取り出し「はい!」と孔蛾に手渡す。
孔蛾は「俺も行くのかよ」言うが、春日子は「せっかく手伝ったのだから、行きましょう」と強く誘う。
――― ―それもそうだな、せっかく手伝ったのだから俺も晴れの舞台を見てみたい。
孔蛾は「わかった」と返事をした。
二人は夕飯を食べ終わると直ぐに風呂に入り寝た。
孔蛾は動き回ってかなり疲れたので、ベッドに横たわった瞬間熟睡した。
その日の夜はとても静かで、下の洗い場でカヨ子が食器を洗う音しか聞こえなかった。

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