前頭連合野/46野のORIGINAL NOVEL

※ 無断転載等、持ち帰り等はしないで下さい。
※著作権は前頭連合野/46野の管理人、怪物の顔(鮭)にあります。





top


今日も松岡精肉店のコロッケは大繁盛であった。
揚げ立てホカホカの牛肉ミンチがたっぷり入った、じゃが肉コロッケ一個80円が根強い人気。
学校帰りの小・中・高・大学生から主婦はもちろん、会社帰りのお父さんまで買っていくのだ。
そんな肉屋の厨房で、あの死ぬに死にそこなった孔蛾実がコロッケを作っていた。

「ちょっと、チンタラやってないで、手際よくやりなさいよ!さっささと!」

野太い声が耳の近くで響く。松岡精肉店の名物女将、松岡カヨ子だ。
白い割烹着がしっくりと似合い、大柄でふくよかな身体を良く動かす。
カヨ子は、亡くなった主人が残したこの店を25年間女一人で切り盛りし守ってきたのだ。
しかし、気がつけばもう今年で五十代半ば、何でもかんでもこなせる歳ではなくなってきた。
そこで「居候させてやる代わりに店で扱き使う」という条件で一文無しの孔蛾を従業員として雇ってやっている。
何故、孔蛾が商店街の肉屋で働くことに成ったかというと、それは春日子のおかげであった。
実は春日子、商店街近所の定時制高校に通う一年生で、この松岡精肉店に下宿させてもらっているのだ。
孔蛾の自殺を止められたのも、たまたまあの橋が彼女の通学路で、たまたま現場に居合わせたから。
つまり偶然の仕業だったのだ。
その偶然の後、春日子は行き場の無い不憫な孔蛾を連れ、下宿先のカヨ子に相談した結果、肉屋で働くことになった。
それから3ヶ月、孔蛾はもうすっかり顔なじみの従業員となっている。



毎日、口癖のようにカヨ子から「さっさと動け!」と怒鳴られるが、
実は長身ゆえに低い天井に頭をぶつけそうに成るので安易に動けないでいる。
決して本人はだらけているつもりではないのだが、いまいち周囲には伝わっていない。
割烹着代わりの唐草柄のエプロンを着て、今日も地味に手を動かす。

「そろそろ・・・・レジの方に代わりたいのですが、もうミンチ作りはしんどいです」
「ダメだよ!アンタには力仕事してもらわなきゃ」
「俺、そろばん一級もっていますって!公民館で習って取った!だから計算には自信がっ!」
「だから、アンタには力仕事!」
「頭脳パン食べたことあります!」
「力仕事!」
「インフルエンザにかかりやすいタイプなんです!」
「いま、インフルエンザのシーズンじゃない」
「もうコロッケを揚げ過ぎて手首が痛い・・・」
「レジ打ちだって手首は痛いよ」
「・・・・」
「ミンチ作ったら次はパン粉付けてコロッケ揚げな!」
「・・・・」
「ほら、さっさと!」
「・・・はい」
「まったく、若いくせに文句ばっか言うじゃないよ!誰のおかげでここに住めてると思ってんの!」

こうして弱音を吐けばカヨ子に怒鳴られる日々を過ごす。
「誰のおかげでここに住めていると思ってんの!」と言われれば・・・・・。
孔蛾は揚がったコロッケを一つ箸で掴むと見つめて、

「コロッケ?」

と、ボソリと呟いた。






***







夕暮れの商店街を春日子が通る。肩にかけた、麻布の白いカバンが重そうだ。パンパンに詰まっている。
教科書と弁当以外に、いったいあの中に何が詰まっているのだろうか。
大事な預金通帳と印鑑でも入れているのだろうか。 彼女はこのカバンをほぼ常に肌身離さずかけていて、寝るときでさえ手放さない。

「ただいま」

店の裏口から春日子が入ってくる。
カヨ子は「あら、お帰り春日子ちゃん」と言いニコッと笑う。
パン粉をつけたばかりの山積コロッケを目にした春日子は「ボクも手伝います」と言うが、

「いいから、自分の部屋で休んでなさい」とカヨ子に優しく断られた。

「俺も休みたい・・・」

トントンと階段を上っていく春日子の後ろ姿を見て、孔蛾は羨ましそうに呟く。
するとカヨ子から「アンタが手を休めているから、何時までたっても休めないんだよ」と冷たく言われてしまった。







***







三人がちゃぶ台を囲ったのは丁度8時だった。外はもう真っ暗で幾つも星が輝いている。
ちゃぶ台の上には、余ったコロッケとカレーライスが並べられていた。

「何で肉屋なのに具に肉が入ってねぇーの?」

孔蛾はスプーンでルーを何度も弄るが一向に肉が見つからない。

「入ってるじゃないかい、ソーセージが」
「魚肉じゃねぇーか!」
「肉は肉だよ」
「俺が言っている肉は、牛、豚、鶏の肉の話だよ!」
「贅沢は敵だよ」
「昭和かよ!」
「あっ―−ウルサイ!文句を言わない!仕事では手を動かさないくせに、口は良く動くもんだねアンタは!!」

カヨ子にザックリと文句を言い返され、孔蛾はブー垂れる。

「カヨ子さん明日ボクが、朝7時に目覚ましが鳴っても起きてこなかったら起こしにきてください。
どうしても寝坊できない大事な用がありますから」

静かに黙々とカレーを食べていた春日子が、急に口を開く。
カヨ子は「わかったわ、じゃあ起きなかったらオバチャンがちゃんと起こしに行くからね。7時でいいんだね?」と言いニコッと微笑んで聞く。
「はい、お願いします」と春日子は返事を返した。

「孔蛾さんも7時に起きてください」

孔蛾の顔を見て春日子が突然口走る。
孔蛾は「―― ―はっ!?」と言うと同時に一気に眉間に眉を寄せる。

「何で俺が7時に起きなきゃなんねぇーの!?」
「孔蛾さんにも手伝って欲しいんです」
「何を!?」
「劇団の舞台セットの手伝いです」
「ヤダヨ!明日土曜だもん!休みだもん!」
「お願いです、人手不足なんです!」
「ヤダねぇー休日に俺は労働しない〜」
「仏さんの様な慈悲の心で、ボランティアと思って手を貸してください!」
「残念!俺は無慈悲です。修学旅行で薬師寺に行ったけど、酷いバス酔いして車内待機で観てませんから!だから仏門に一切ふれてもいません!」
「そんな!天然パーマの人に悪い人はいないって、言うじゃないですか!」
「それどんなジンクスだよ!聞いたことねぇーよ、そんなの!なんで天パに悪人いねぇーんだよ!」
「お釈迦様は天パです!同じ天パ!それもパンチパーマじゃないですか」
「馬鹿!あれは螺髪(らほつ)なの!前頭部がこぶのように盛り上がった肉髷。
パンチパーマじゃねぇーし!それに俺天パだけど全然パンチじゅねぇーよ、髪伸びているから余計!むしろ、ダビデ以下!完全にゆるい天パだよ!!」
「・・・何で天然パーマの話になると熱くなるんです?」
「コンプレックスだから!」
「そう」
「うん!」
「・・・・兎に角、そこをお願いします!」
「断る!」
「・・・ボクのカレーのソーセージあげるから!」
「いらねぇーよ!魚肉!」
「まあまあ、遠慮しなさんな」

春日子は強引に自分の魚肉ソーセージを孔蛾の皿に入れようとする。強硬手段だ。

「だから、魚肉はいらん!」

冗談じゃない!と孔蛾はスプーンを持った春日子の腕を、必死に押しのける。

「何で避けるんですか!」
「避けなきゃ入っちゃうから!」
「いいじゃないですか!」
「勘弁してくれよ!これ(魚肉ソーセージ)入っちゃったらアウトじゃん!」
「どうぞどうぞ、召し上がれ!」
「いらねぇって!!いい加減にしろ!」

孔蛾は春日子の握り締めているスプーンを取り上げ、上に乗っている魚肉ソーセージごと目の前にいるカヨ子のカレーへとぶち込む。

カヨ子は「何するんだいっ!カレーのルーが服にとぶでしょうが!」と怒鳴って孔蛾の頭をパシ!と一発はたく。
孔蛾は小声で「イタ!」と声を漏らすも無視して春日子との言い合いを続ける。

「いかねぇーからな!」
「お願いです、一緒に手伝ってください」
「ヤダ!」
「なんとか!」
「ヤダ!」
「どうか!」
「ヤダ!」
「どうしても!」
「ヤダ!」

こうも必死に頼んでいるのに、孔蛾は「ヤダ!」の一点張り。
春日子は悔しくって思わず下唇をかみ締めた。

「もっ、アンタ!春日子ちゃんの言うこと聞いてやんなさいよ!!」

見るに見兼ねてカヨ子が一喝する。
しかし、孔蛾は手ごわい。「ヤダ!ヤダヨ!!」と意地悪く口を尖らせる。
だが、カヨ子は便利なキーワードを知っていた。そのキーワードとは"命の恩人"。

「なに薄情なこと言っての!春日子ちゃんはアンタの"命の恩人"でしょうが!
今アンタのやっていることは恩を仇で返しているのと一緒だよ!かわっているのかい!?
人として恥ずかしいよ、この恩知らずのノッポ!!」
「―――― −!!恩知らず・・・・ノッポ」

カヨ子が最後に怒鳴った「――― −恩知らずのノッポ!!」という言葉が鋭いナイフとなり、孔蛾の心をグリグリえぐる。
確かに春日子は自分の命の恩人である・・・・彼女を困らせることは恩を仇で返す事と同じ事と・・・。
頭の中に『春日子>自分』という力関係の方程式が既に生まれていることが浮かぶ。
こうなると、どうにもこうにも自分は彼女に逆らうこと出来ないのである。逆らう権利が無い。まったく無い。
それに気付いた孔蛾は噛み付く気力を一気に失い、口をだらしなくポカンと開けフヌケな顔になった。
そして、ご飯もまだ食べ終えてないのにヨロリと立ち上がり俯きながらすごすごと、
自分の部屋として使用している2階の客間へ消えてしまった。みっともない。なんとも、みっともない。

「・・・・・少し、言い過ぎたかねぇ?」

消火した現場後みたいになってしまった孔蛾を見てカヨ子が呟く。

「・・・ボク、しつこすぎましたよね。でも、孔蛾さん明日ちゃんと起きてくれるかなぁ〜」

春日子は、孔蛾の事も心配だが明日の事も心配だ。

「な〜に、オバチャンが明日絶対に起こしてあげるよ」

カヨ子はボン!とちゃぶ台を叩いて自身たっぷりにそう言った。


next
back



top


inserted by FC2 system